-Winter 後編-タイムリミット、温もり、本当の気持ち-5

 -次の日


 俺は、気持ちが切り替わらないまま職場に足を運んで、いつも通りタバコを吸っていた…


 翼さんとは、あの話をしてからお互いに多くは語らず、昨日は早めに別れを告げた。

 そして、彼からタイムリミットの宣告されてからの俺は、彼にあまり連絡を取れずにいたんだ…。


 俺は、お互いの幸せを考えていた…

 お互いが傷つかない、彼との別れ方も考えていた…だって、俺はタイムリミットに縛られたくなんかない…ずっと傍にいてくれる人と一緒にいたい…それが、であって欲しい…


 本当の気持ちという天秤の針が、翼さんにどんどん傾いていったんだ。


 ガチャ!


「おう!傑~!今日、早いね!」


 女上司で施設長、そして男勝りの小森さんが喫煙所にイキイキと入ってきて俺に声をかけてくれた。


「…おはようございます…」


「…おい、傑?元気ねぇな!」


「…そ、そうですか?」


 誰もいない喫煙室で、小森さんの威勢だけが響き渡る…でも、咄嗟に小声で「彼と、なんかあったのか?」と気を配ってくれたんだ。


 そう、小森さんだけが職場での、唯一の理解者だったんだ。


「…いえ、彼とのタイムリミットは…もう蹴りをつけます…」


「じゃあ、なんでそんなに落ち込んでんだよ…?」


「…好き、なのかもしれません…」


 まだ…好きって言っちゃダメな気がした…だって彼とのことを、しっかり蹴りをつけていなかったから…


「よくあたしに話してくれてた、翼くんのこと?」


「…っ!…し、施設長…!///」


「…ははっ!やっぱり…」


 ピロリン♪ピロリン♪


 喫煙室の内線が音を鳴らす…はぁ…ほんっとにタイミングが悪い…


「はい、小森です…はぁ?!まじ?!今すぐ行く!」


 ガチャ!!!


「…ごめん、傑!また後で話そう、あんたは1じゃないから、安心しな!今日も1日、仕事頼むね!♪」


 そう言葉を残し、小森さんは颯爽と喫煙室を後にしたんだ…

 2、3口しか吸っていない小森さんのタバコ…

 まだまだ小森さんが吸える分だけ…気持ちを吐き出したかったんだけれどな…


 ◇ ◇


 それでも、仕事は仕事だ。

 俺の大好きな仕事だもの…!


 何ら変わらずに、1日を過ごして行き、夕方に利用者さんの送迎の準備を始めて、俺は運転席から街中の風景をみんなで楽しみながら、利用者さんを1人1人送り届けていく…


 その時だった…


 俺の視界に止まったのはそう、仕事帰りの翼さんの姿だったんだ…

 同じ町で働いていて、歩いて帰ってるのも、もちろん知ってるし、俺自身も何度も、翼さんにも雄介にも目撃されていたから…


 でも今日は、今日だけは…翼さんを見つけたくなかった…


「傑く〜ん!!前見てねぇ!」

 一緒に乗っていた介助員さんの声に、ハッと我に返る俺…も、もう、どうしていいのか…分かんないよ…っ!!


 ◇ ◇


 仕事も終わり、また1人…俺は喫煙室でタバコを吸っていた…


 ガチャ!!!


「傑、お待たせっ!」


 朝の続きをと、小森さんが俺の元に来てくれたんだ。


「…お疲れ様です」


「お前さ、運転中ぼ〜っとしたんだって?」


「…ご、ごめんなさい…」


 施設長だけあって、怒る時は鬼のように怖い…でも、愛のある説教だし、間違ったことを言われてるとも思えない。

 そう、パワハラなんかじゃないし、利用者さんのことを1番に考える人だったから尚更、叱る時には力が入るんだと思った。


「事故にあったらどうすんだよ、まじで気をつけろ」


「…ご、ごめんなさい…」


「でも、なんかあったんでしょ…?そんなミス、お前らしくない」


「…つ、翼さんを見つけちゃいました…」


「そういうことか…」


 タバコを吹かしながら「朝、ちゃんと最後まで聞いてあげられなかった、あたしも悪い…ごめん…」と謝られたけれど、小森さんが謝ることなんて、なにひとつも無いのに…


「で…翼くんのことだよね?」


「…はい…俺、翼さんこと…好きなんです…」


 小森さんに気持ちを伝えた瞬間、小森さんはまだ吸えるタバコをまたグリグリと消して…


「ねぇ、傑…?あんたさ、朝と言ってること違うの分かってる?」


「…えっ…??」


 こもりさんが何を言ってるのか…分からない…な、何か違う…??どこが違うの…?


「…あんたさ、朝…好きって言ったんだよ…?でも、今の気持ちはなんでしょ?」


「あんたは、馬鹿正直だから…彼とのタイムリミットもちゃんと蹴りをつけられないと…って思うかもしれないけど…ちゃんとそこは、解決出来ると思うんだ…!うん、あんたなら大丈夫…!」


「そして、ちゃんと好きな人に…好きって伝えないでどうするの!!…これ以上、身も心も傷つくあんたをあたしは見たくない…!


「…翼くんに、ちゃんと思い伝えてあげなさいっ…!!いつも明るくて元気な、前を向きなさいよ!大丈夫…!もし…ダメだったとしても、あたしがついてるから!」


 誰もいない喫煙室で、小森さんの愛だけが響き渡る…

 俺の手に持っていたタバコは、灰となりボロボロと落ちていく…

 そう…俺がこの時、流した涙のように…

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