第17話 人を見るー2

 ライブが終って、八雲さんと二人で外に出る。夏の暑さから逃れるため、近くにあったハンバーガーのファストフード店に駆け込んだ。時計が16時を指しているこの時間帯は、人も少なく店内も程よい涼しさだった。小腹がすいた程度だったので、ポテトとぶどうの炭酸ジュースを注文し入り口近くの空いている席に座った。


「日月くん、今日は付き合ってくれてありがとう。いつもは友達と行ってたんだけど、こっちに引っ越してきてそう簡単に誘えなくて。一人で行く勇気もないしで迷ってたんだよね」

「こちらこそ、誘ってくれてありがとう。今日行って本当に良かったよ。八雲さんが言っていた通り、本当に歌が上手かったしファンサも多くて観客一人一人を見てくれてる感じがした。それに思っていたよりもダンスが安定してて、ステージ全体を使ってのパフォーマンスだったからソロアイドルっていうのを最大限生かしていたと思う」


 八雲さんはストローを口にくわえ、カップに入っている飲み物を吸い上げる。そして、口角を上げ口元に笑みを作った。

 

「楽しんでくれたみたいで良かった」

「うん、すごく楽しかったよ。こうやって誰かと出かけるのも久しぶりだったから」

「そっか......」


 目を細めて笑うと、八雲さんはストローをくるくる回しながら窓の外を見る。外はまだ青い空が広がっていて、歩道には中学生らしき子ども四人がコンビニの袋をぶら下げて歩いていた。どの子も首や額に汗をかき、そのたびにTシャツで拭っている。それを見るだけで夏の暑さを感じられた。


「最近の子たちってあんまり外で遊んでるの見ないよね」

「そう?」


 中学生たちを見つめながら、八雲さんはコクリと首を縦に振る。


「前の家に住んでた時、小学生の子ども達が近所に何人か住んでたんだけど、外から遊んでいる声聞こえなかったもん」

「へえ。俺はあんまり近所の人とも離さないからわからないけど、確かに今はゲームとかがあるから、家の中でも十分遊べるよね」

「うん。日月くんは子どもの頃とか何して遊んでたの?」

「カードゲームとかかな。後は近所の公園でサッカーやってた」


 中学生たちが通り過ぎていった後も、八雲さんは外を眺めていた。急いで自転車をこいでいる人、小学生くらいの子どもと手をつないでいる人、男女で腕を組み楽しそうに笑う人。そんな人たちを、八雲さんは羨ましそうに眺めていた。


「日月くんって、誰かと付き合ったことある?」

「ないけど......急にどうしたの?」

「えーっと、好きって、なんだろうって思って」


 窓から目を離した八雲さんと、目が合った。俺は意味もなくストローを使って飲み物をかき混ぜる。


「......私の両親、私が小学生の時に離婚したんだよね。お父さんの不倫が原因でさ」

「それ、俺にして大丈夫な話?」

「大丈夫じゃなかったら話してないよ」


 八雲さんは俺のことをまっすぐと見つめる。その真っすぐすぎる視線から逃れるように、俺は飲み物を口にする。もしかしたら、俺はこの人のまっすぐな視線が苦手なのかもしれない。そんな俺に、八雲さんは気にせず話を続けた。


「小学6年生の頃にそれが発覚したんだ。お母さんが、私の将来の為に溜めておいたお金がごっそり無くなってたの。取引はちゃんと通帳で行われててね、でもお母さんが自分でやって騒ぐなんてことしないだろうしで、当然だけど真っ先にお父さんが疑われたの。お祖母ちゃんとお祖父ちゃんが出てくるくらいの大騒ぎでさ。それでお父さんを問い詰めたら、土下座をしながら白状したんだ。私が生まれる前から不倫してた、って。酷い話だよね。相手とは二人も子どもを作ってた......当時の私はこれ以上のショックはなかったよ。絶対この人は、私達だけを愛してくれてるって、重いかもしれないけどそんな風に思ってた。それが当たり前だって。でも違ったんだ」


 話を区切ると、八雲さんはまた外を見つめた。横から見た瞳に光が反射し、輝いていた。俺はなんて言葉をかけるべきか迷いながら、今にも花弁となって散ってしまいそうな彼女を見つめた。


「......日月くんにお願いなんだけどさ、私のこと朝葵って呼んでほしいの。そういうのもあって自分の苗字、あんまり好きじゃないんだ」

「......うん、わかった」


 俺がそう答えるのを見て、朝葵ちゃんは俺に視線を戻して小さく笑みを浮かべた。その時、転校初日の彼女を思い出す。鋭く俺を睨みつけたその表情には、これ以上ない不幸な姿なのだと思ってしまった。ポテトをつまみながら、俺はポテトが入っているカップを朝葵ちゃんに差し出す。


「朝葵ちゃん、これ食べられる? 俺、もうお腹いっぱいでさ......」

「いいの? ありがとう。それと、呼び捨てでもいいよ。ちゃん付けで呼ばれるの慣れてなくてさ」

「そうなの? じゃあ、朝葵?」

「うん。それでお願い」


 朝葵は頬を上げ、目を細めて笑みを浮かべた。女の子を下の名前で呼ぶことに慣れていない俺は、少し気恥ずかしくなって顔を俯かせた。


「やだ、日月くん変に照れないでよ。こっちまで照れてくるから」

「え、そんなに顔に出てる?」

「出てるよ。顔、真っ赤だもん」


 そう指摘された俺は、今度は恥ずかしさで顔を赤く染めた。少しかっこ悪かったかもしれない。朝葵は楽しそうにコロコロと笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ペチュニアを贈る 睦月ふみか @mtkfmk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ