第16話 人を見るー1

 仕事でじいちゃんとばあちゃんが家を空けていたため一人でお昼を食べていると、テーブルの上に置いていたスマホの通知が鳴った。大皿から取ったばかりの野菜炒めを白米の上に乗せて、スマホを取り通知を確認した。


「ああ、八雲さんからか......」


 学校でよく声をかけてくれていた八雲さんだが、メッセージアプリを介して話をするのは初めてだ。内容は八雲さんから借りた傘の件で、一緒に出掛ける時に返してほしいという内容だった。七月中に行われるライブアイドルのライブに行きたいらしく、チケットは八雲さんがとってくれるとのこと。何ていう名前のアイドルなのかは書かれていなかったが、最近勢いのある子だと送られてきた。「行けるよ」と返事をすると、「たのしみだね」と言っているウサギのスタンプが送られてきて、思わず笑いがこぼれてしまう。


 ウサギみたいなかわいらしいスタンプは持っていなかったので、「楽しみにしてる」という文章を送ってスマホを閉じる。白米に乗せたままの野菜炒めを口に入れ、そういえば誰かと約束して出かけるのは久々だったなと思い出す。ずっと家に引きこもっていてはじいちゃんとばあちゃんに心配をかけてしまう。それに、母さんにもなんて言われるか分からないから、一人でも出かけたりした方がいいだろうか......



 八雲さんとの約束の日。サンサンと輝く太陽に照り付けられながら、最寄りの駅で八雲さんの到着を借りた傘を持って待っていた。駅にはそれなりの人が行ったり来たりしているが、混みあっているほどではない。駅の目の前は道路だから八雲さんが来ればすぐ見つけられるだろう。メッセージアプリを開いて、「もう少しで着く」という数分前にきた八雲さんからの連絡に既読をつける。


 顔を上げると、道路の端に赤色の車が停まり助手席から八雲さんが降りてきていた。運転席に声をかけてから、俺を見つけると急ぎ足で駆け寄ってくる。


「ごめん、遅くなっちゃった。日月くん、この暑さなのに外で待っててくれてありがとう」

「俺もさっき来たばかりだから、気にしないで。この間は傘貸してくれてありがとう」


 左手で持っていた傘を、八雲さんに渡そうと軽く持ち上げる。


「どういたしまして。その傘、車に置いてくるからちょっと待っててもらってもいい?」

「分かった」


 俺から傘を受け取ると、また急ぎ足で車の方に戻っていく。助手席のドアを開けて、八雲さんが傘を置いてドアを閉めると、赤い車はゆっくり動き出し走り去っていった。八雲さんは戻ってくると、駅の入り口を指さした。


「お待たせ。行こっか」

「うん」


 駅の構内に入り、八雲さん、俺の順番で切符を買う。降りる駅はそんなに遠くなく、時刻表を見る限り二十分ほどで到着する場所だ。俺もたまに行く場所だった。ホームで電車が来るのを待ちながら、目的のアイドルの話を聞いていた。


「ソロで活動している子で、めちゃくちゃ歌がうまい子なの。前に日月くんが好きって言ってたバンドと曲の系統が似てて、絶対気に入ると思う! ライブのMCとかは少し苦手みたいだけど、握手会だと私達ファンとの会話を覚えていて通いたくなっちゃうんだよね」


 にこにこと笑みを浮かべながら、俺にスマホの写真を見せてきた。それには黒い髪をハーフアップにして、青と白の衣装を身に着けた女の子が映っていた。たれ目で大きな瞳に小さな口が印象的で、白い肌に薄い化粧を施していてかわいらしい見た目だ。


「俺も時々ライブとか行くけど、この子は初めて見たな。ソロで活動してる子はあんまり見ないし」

「そうなんだ。確かにグループ組んでるアイドル多いからね」


 八雲さんと話しているうちに電車がやってきて、ちらほらと人が乗っている電車に揺られながら目的地に向かった。


 受付をしてライブ会場に入ると、満員というほどではないが人で溢れていた。俺はライブとかに行っても後方にいることが多いから、いつもの癖で後ろの壁に沿って歩いていく。八雲さんも黙ってついてきてくれた。


「日月くん、こんな後ろでいいの? もっと前行けるけど......」

「俺はあんまり前に行くの好きじゃないんだ。八雲さんが前に行きたいなら行くけど、どうする?」

「日月くんが後ろの方がいいなら、私もそれででいいよ」


 俺の隣に立ちステージの方をまっすぐ見つめた。俺も八雲さんに釣られて前を向くと、たくさんの人で溢れている会場に目がいった。ステージには大きなスクリーンがあって、天井には無数のスポットライト。そして、ライブが始まるのを今か今かと待っている観客たち。隣にいる友達と話すときに見えるキラキラとした表情。そのアイドルがどれだけ愛されているのかが分かった。推しライブを待っているとき、この世で一番の幸福に出会ったように笑い、会場に推しが現れるのを待っているんだ。俺はそんな様子の人たちや、隣で目を輝かせている八雲さんを見てふわふわとした感覚に包まれていた。

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