第15話 八雲朝葵
自宅へと到着した朝葵と柊真を迎えたのは、母親の
柊真は自身の髪を拭いたタオルを紫に渡し、床に置いたリュックを背負う。履いていた靴を脱ぎ、玄関マットの上に立つ。
「柊真、朝葵ちゃんが出たらお風呂に入っちゃいなさい。お母さんお昼ご飯の準備してるから」
「へーい。百合は帰ってきたのか?」
「何言ってるの。中学校は明日まであるのよ。帰ってきてるわけないでしょ」
「そうだったな。親父は?」
「翼さんなら今日は18時に帰ってくるって言ってたわよ。その時間には夕飯の支度をするから手伝ってね」
「分かった」
柊真は自分の部屋へ行くために階段を上っていった。紫は階段を上る柊真を見上げた後、朝葵と柊真が脱いだ靴を玄関の収納にしまう。そしてタオルを持ったまま洗面所に向かい、朝葵がお風呂に入っていることを確認してから柊真が使ったタオルを洗濯機に放り込んだ。
シャワーを浴びていた朝葵は音で母親の行動を感じ取り、一人ため息を零した。泡の付いた髪を洗い流し、ラックに置かれたボトルに手を伸ばす。今まで使っていた物とは違う香りのそれに、朝葵は顔をしかめた。
「いつものやつ買ってこなきゃ......」
誰の耳に入るわけでもない言葉を呟き、手に付けたトリートメントを濡れた髪に塗り付けた。
湯船につかり十分に体を温めた朝葵は、いつの間にか紫が用意してくれていた着替えを着て、濡れたリュックを持ち自身の部屋へ向かった。階段を上がり柊真の部屋と反対側の部屋へ入る。髪を濡らしたまま、白色の水玉模様が付いた布団が掛けられているベッドにダイブした。ピンク色のだき枕を抱きしめて、自身の顔を沈めた。
「もう疲れたよ、お母さん......」
熱くなる目頭にだき枕を押し付けて、小さく呟いた。濡れた髪が首筋に当たり、ひんやりとした冷たさに驚いて咄嗟に寝相を変える。その時に溢れ出てきた涙が、いっそう朝葵の心を寂しくさせた。今はもういない、自分を支えてくれた母の存在を思い出しながら、息を殺してひたすら泣いていた。次第に濡れていく抱き枕と、ベッドの布団。
朝葵は流せる涙を流し終えると、起き上がりリュックの中からスマホを取り出して今度は布団の中に潜り込んだ。風呂上りということも相まって少し暑く感じたが、今はただの布団でもいいから自分を何かで包み込んでほしかったのだ。
持ってきたスマホのロックを解除して、昌の連絡先を開く朝葵。ほとんど連絡を取り合わなかった彼に、なんてメッセージを送ろうか。谷口先生から借りた傘だから、できれば早めに返してほしい。そして夏休み中には谷口先生に返さなければ。涙で濡れた目元をぬぐい、昌に送るべき言葉を考えた。そういえば、彼とは曲の好みだとか本の好みだとかが一緒だったなと思い出す。彼に一度教えたかったアイドルがいたのだと思い出した朝葵は、今度のライブに彼を誘ってみることにした。当日券も売っていたはずだから、急に誘ってもライブを見ることはできるはずだ。
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