第8話 怪我人は黙っていろ
ユニコーンだったものは正気を失ったかのように、手当たり次第に人を襲いだした。
2本目の角はもともと生えている白い角より遥かに長く、ねじれ、禍々しかった。
その角を避けるのは至難の業で、取り囲むキャラバンの人々は近づくこともままならない状態だった。
私はただ茫然としていたが、わが友ロレンスは流石に機を見るに敏というやつで、いつの間にか自分の枷を外し、私のことも助けてくれた。
私はなんとか立ち上がりつつ、暴れまわるユニコーンに目を向ける。
思わず疑問が声になって出てしまう。
「なんなんだアレは……?」
「聞いたことがある。ユニコーンは人の血を浴びると悪魔の使いであるバイコーンになり人を襲うようになると。とにかく、一度ここから離れるぞ」
すでに拘束から逃れたロレンスと違い、私は動くだけで身体中に激痛が走るありさまだったので、背負ってもらうことになった。
しかし、この場を離れようとする私たちに、冷ややかな声が投げかけられる。
「どこへ行こうっていうんだい、ドクター?」
目を向けると、ジェイシカが剣を抜きこちらを見ていた。
ロレンスは腰につけたナイフを抜き構えるが、このままでは分が悪すぎる。
私は小声でロレンスに話しかける。
「私を降ろせ。いくらお前でも人を背負ったままじゃ戦えないだろう」
「怪我人は黙っていてもらおうか。一人じゃ満足に立てもしないくせに」
顔中に笑みを浮かべながら、ジェイシカがこちらに近づく。
対するロレンスは私という荷物を背負っているし、ナイフと剣ではリーチの差も大きい。いくら彼でも勝負になるまい。
ジェイシカが上段から斬りかかろうとする。
しかしロレンスがナイフを投げつけると、ジェイシカは慌ててそのナイフを剣で弾き、動きが止まる。
その隙を逃さずロレンスは体当たりを喰らわせるが、やはり私を背負ったままでは勢いが足りなかった。
相手は後ろによろめいただけで無傷のまま。再び距離ができる。
ジェイシカが嘲笑う。
「せっかくのチャンスだったけれど、残念だったね。次はどんな手品を見せてくれるんだい?」
「そうだな……こんなのはどうだろう」
ロレンスはいつの間に盗み取ったのか、ジェイシカの使っていた鞭を手にしていた。
軽く振り、パシンという軽い音をたてて地面を叩く。
「おみごと……と言いたいところだけれどね、そんなものであたしに勝つ気かい?」
ロレンスには悪いが、私もジェイシカと同様の意見だった。
そりゃ丸腰よりはいいだろうが、もともと鞭は刑罰用のものであり、殺傷能力は高くない。
これならばまだナイフのまま戦った方が勝算はあったのではないだろうか。
しかしそんな私の心配もよそに、ロレンスは不敵な笑みを浮かべる。
「余裕そうに振舞っていますが、ずいぶん頭に血が上ってますよレディ? 覚えておくといいでしょう、たしかに本来この鞭は痛みを与えるものですが、使い方によっては色々なことに使うことができます、例えばそう、音に敏感な誰かを興奮させる、とかね」
そう言いながら、続けて2度地面を叩く。
先ほどよりも大きな音が響き渡る。
その音でようやく異変に気付いたジェイシカが慌てて振り返るのと、バイコーンの角が彼女の脇腹に突き刺さるのは同時だった。
それでもジェイシカは血を吐きながら渾身の力を振り絞り、バイコーンの頭目掛けて剣を振り下ろす。
ジェイシカの部下たちもいつの間にか逃げ去り、もはや立っているのは私とロレンス、それと子ユニコーンだけだった。
********
それから私は生死の境をさまようことになり、なんとか危険な状態を脱したころには、一連の事件の後始末はすべて終わっていた。
子ユニコーンは無事に故郷へ帰り、商会の残党は全て捕らえることに成功した。
そしてロレンスは今回の件で勲章がもらえるそうだ。
私には特に褒章は無いが、文句を言うつもりはない。
その分ロレンスが現金で感謝の気持ちを表してくれることだろう。
久方ぶりに自分の椅子に腰かける。
たったそれだけで全身に痛みが走り、思わず悲鳴をあげてしまう。
この調子では今日は仕事にならないだろう。
そう判断した私は痛みを紛らすため、珈琲とブランデーを立て続けに2杯ずつ胃に流し込む。
私の医師人生に賭けて言わせてもらうが、これより効果のある鎮痛剤など世の中に存在しない。
すぐに効果は出始め、痛みは鈍く、意識は朦朧としてきた。
ちょうど語るべきことも尽きたところだし、私はここで休ませてもらうことにしよう。
ではまたどこかで。
ドクターカーンと奇妙な患者 しらは。 @badehori
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