第7話 卑劣で狡猾な、恥ずべきもの
「なにか言い残したことはあるかい、ドクター?」
私とロレンスは2人とも服を剥がされ、手首と足首に枷をつけられた。
慣れた様子でジェイシカが鞭を用意する。どうやらこれから皮まで剝がされるようだ。
私はどうしても解けない疑問を彼女にぶつけた。
「あのユニコーン、ずいぶん手懐けたじゃないか。どうすればあんなにうまく扱えるんだ?」
「ああ、そんなことか。おい、3番の馬車を開けてやんな」
ジェイシカの指示で、馬車の幌が一部取り払われる。
そこには、先ほどまで連れ出そうとしていたはずのユニコーンが檻に繋がれていた。
いや、よくよく見れば、そのユニコーンはまだ子供のようだった。
「親子で捕らえていたのか……どうりで」
つまり、ユニコーンは子供が捕らえられているのを知っているから逃げようとしなかったのだ。
なんとも卑劣で狡猾な、恥ずべき犯罪である。
「さぁ、今度はそっちの番だ。とりあえず雇い主から関係者、知人すべて吐いてもらおうか」
ジェイシカが今まで見せたことのない荒っぽい口調でロレンスに迫る。
当然ながらそれらの情報を与えるわけにはいかない。一方、ジェイシカはなんとしても知りたい。
私はこれから起こる出来事を予想して絶望的な気持ちになった。
さすがのロレンスも、得意の軽口が出てこないようだ。沈黙のまま私に視線が飛ぶ。「すまない」と目で語っていた。
口を開こうとしない私たちに業を煮やし、ジェイシカが鞭を振るう。
私は右肩に燃えるような痛みを感じ、思わず苦悶の声を上げてしまう。
「無駄な抵抗はやめた方がいいから。私が吐かせると決めたんだから、あんた達にはなにがなんでも吐いてもらうだけ」
そのまま2度、3度と私に鞭が振るわれる。
身体の皮膚がこそぎ落とされるかのような衝撃に、思わず私は気を失ってしまったが、すぐさま今度は拳で頬を殴られ、目が覚める。
ロレンスは唇を噛みしめ耐えていた。
ジェイシカはおそらく、見せしめのために私だけを攻撃しているのだろうが、ロレンスの性格からいって彼自身が痛めつけられるよりも余程こたえたに違いない。
私なら平気だと言ってやりたかったが、そんな風に自分を取り繕える余裕はとっくに失っていた。
意識が混濁し、鞭の音がどこか遠くから聞こえるようだった。なんとか頭と顔だけは避けるが、それ以外の部分は鞭による責めを受けすぎてすでに感覚が無くなっていた。
私は自分が何も情報を知らされていないことを神様に感謝した。もしも知っていることがあれば、きっとペラペラと喋りつくしてしまっていただろう。
「チッ、まったく埒が明かない。おい、あのユニコーンを連れてきな」
朦朧とした意識のまま、私が世話をした母ユニコーンが見えた。
今までにない恐怖が私を襲う。まさか大事な商品であるユニコーンを痛めつけるようなバカな真似をするわけはないが、今のジェイシカからは何をしてもおかしくないような狂気を感じるのだ。
ジェイシカがユニコーンに話しかける。
「お前も悪いんだよ。ちょっと優しくされたからって、新しい男にほいほいついて行きやがって、このアバズレが!」
ジェイシカが言い終わらないうちに、身体が動いていた。
私はユニコーンをかばうように立ち、ジェイシカ渾身の鞭を背中に喰らう。
切り裂かれたように傷から血が噴き出る。
思わず腰がくだけ膝をつく。視界の隅でユニコーンの顔に私の血が掛かってしまうのが見えた。
変化はまさに劇的だった。
血を浴びたユニコーンは尋常じゃない様子でブルブルと震えだしたかと思うと、額にある角の付け根から血が噴き出した。
そして唖然とする私の目の前で、血に塗れた2本目の角が姿を現したのだ。
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