第3話 奇妙な患者

 商会の調査が目的のロレンスと違い、私は真面目にキャラバンでの仕事に取り組むことになった。

 といってもさほど忙しいわけではなく、一度荷運び中に右腕の骨を折った男を診たくらいで、あとは軽症の患者ばかりだった。

 馬車での移動はさすがに優雅とは言えないが、重労働とも程遠く、それなりにこの旅を楽しんでいた。


 そんなキャラバンでの生活が一週間を過ぎたころ、私の元にある奇妙な患者が現れた。


「ドクター、解熱剤をもらえないでしょうか。できるだけ強いやつがいい」


 患者は若い男性で、濃い無精ヒゲと目の下のクマが印象的だった。

 私はとりあえず彼の体温を測ってみたが、特に問題はなかったのでそう告げた。


「今は平気なんだけれど、夜になるとひどい熱が出るんです」


「じゃあ夜に来なさい。いっそ私を呼びつけてくれてもいい」


「それじゃダメなんです。えっと、つまり、持ち場を離れられないし、危ない場所なんでドクターを呼ぶってわけにもいかないんです」


 その後も話を続けたが、肝心の症状について彼の説明は要領を得ず、ただ熱が出るの一点張りだった。

 とにかく薬をもらわなければ帰れないと彼が言い張るので、面倒になった私は睡眠薬を手渡しこう言い聞かせた。


「熱が出たなら休む以外に治す方法はありませんよ。これを飲んで早く寝なさい。とりあえず3日分出しておきます」


 男は礼を述べ去った。

 私はその日の夜、部屋に戻ったロレンスに捜査の進捗を訪ねてみた。


「難しいな。肩書が医師助手じゃ積み荷にも触らせてくれないし」


「もしかしてだが、素直に私の助手をしてくれた方が近道かもな」


「どういうことだ?」


 そこで私は今日訪れた患者の話をした。

 ロレンスは眉をひそめ、考えつつ答える。


「それは……たしかに普通ではないな。だが、違法な商売との関係があるかと言うと疑わしいんじゃないか」


「そうかもな」


「おいおい、君が言い出したことだろうが」


「捜査するのは君の仕事だからな。私のはただの勘さ」


 ロレンスは嫌そうに顔を歪める。

 この男のこういう表情はなかなか見られるものではないので、私としてはなかなか愉快な気持ちだった。


「まあ、無精ヒゲの彼がこのまま顔を見せないということはないだろう。進展があれば情報を渡すから、そのときに判断してくれればいい」



 ********



 その機会は思っていたよりも早く訪れた。

 二日後に再会した男は記憶より少し痩せ、目の下のクマは心なしか大きくなっているように感じた。


「熱が下がらないんです。ドクター、たすけてください」


 男は憔悴した様子で私に懇願してきた。

 私は何気ない風を装って彼に問いかける。


「薬はちゃんとのかい?」


「はい。でも全然下がらなくて。このままだと……」


 そこまで口にしたところで、彼はようやく自分の失言に気がついたようだ。

 彼は顔を青くし、噛みしめるように口を堅く閉ざしていた。


「いいかい、私は所詮雇われの医師だ。そちらの事情を詮索する気はない。ただし、本気で助けてもらいたいと君が思っているなら話は別だ。観念して、君が本当の患者に会わせてほしい。話はそれからだ」

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