第2話 悪くない滑り出し

「なるほど、ドクターカーンとその助手の……」


「ロランです。どうぞお見知りおきください、レディ」


「そうですか。募集は一人のつもりだったので宿泊時などご不便をお掛けする可能性はありますが」


「問題ありません」


 ロレンスがにこやかに対応を続ける。

 相手はウィンチェスタ商会の会長で、ジェイシカという女性だった。

 男物の襟付カラーシャツをきっちりと着こなした美女で、一見して20代だが会長という職を考えれば30代の中盤といったところだろうか。そう思ってあらためて眺めれば腰回りや脚も肉感的で、男勝りな服装ながら漏れ出すような色気を感じる。


 ロレンスが最も弱いタイプだ。そりゃ対応も楽しくなるはずである。


 彼が名乗ったロランというのはもちろん偽名である。私も気をつけなければならないが、仕事中は「おい」とか「お前」とか呼んでおけばいいだろう。巻き込んだ立場である以上、彼も嫌とは言うまい。


「失礼ですがドクターカーン、ライセンスを確認させていただいても?」


「どうぞ」


 私はおとなしく、ジェイシカにライセンスを差し出す。

 王国発行の医師ライセンスは普段使うことはないが、身分証明としてこれ以上のものはなかなか無い。


 そしてロレンスが偽名を使っているのに対し、私が本名を名乗っている理由のひとつがこれである。

 まあ、偽造ライセンスを用意することもロレンスなら可能なのかもしれないが、そうなると経歴は全て作り話をこしらえる必要ができてしまい、とてもじゃないが私には荷が勝ちすぎている。

 だから、今日ここでジェイシカに話した経歴はほとんどが真実だ。


「はい、ありがとうございます。しかし、ドクターカーンのような経験豊富な方が見つかって本当に助かりました。ライセンスとりたての若い医師しか集まらないのではないかと危惧していたのですよ」


 これは、私がいい年してこんな仕事(金銭面では十分な条件だが、わざわざ安全な街を出るような仕事は敬遠されがちだ)に喜び勇んで飛びついたことを馬鹿にしているのだろうか。


 目の前の女性は艶やかで表情も魅力的だが、同時に所作の端々からそういった毒も感じる。

 私は判断がつかなかったので、曖昧な笑みを返すだけに留めておいた。


 その態度をどう受け取ったのか分からないが、ジェイシカは私にその一見完璧な笑みを向けてくる。


「頼りにさせてもらいますよ、ドクターカーン」

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