第8話「だったらリョータくん、私のカレシになってくれないかな?」
「ごめん、別に明日香にムカついているわけじゃないんだ。思い当たる節があるっていうか」
「思い当たる節?」
「実は俺、女の子が苦手なんだ」
「……つまりゲイってこと?」
なるほど、そう来たか。
「俺はノーマルだよ。過去にちょっとあってプチ女性恐怖症なんだ。だから女の子と話す時はどうしても気持ちがしんどくなっちゃってさ。特に女の子の笑った顔が苦手なんだ。だから明日香に問題がある訳じゃない。俺の方の問題なんだ」
俺は自分のプチ女性恐怖症について明日香に簡単に説明した。
これから先、同じ大学に通うとしたら──学部は違うとはいえ、こうやって知り合った以上はそれなりに話すこともあるだろう──隠し通せることじゃないと思ったから。
なにしろ目の前で女の子が笑うたびに口数が減ったりするんだから、一緒にいる女の子からしたらたまったもんじゃない。
いくら楽しく会話しようと努力しても、俺は笑わないどころかどんどんと無口でしんどそうになっていくのだ。
俺の微妙な変化に気付かない女の子なら問題ないけど、明日香は気付いてしまった。
気付くことができる女の子だった。
だったら早めに言っておいた方がいい。
もしこのことが原因で友達になれないなら、それはそれで仕方がない。
明日香は悪くない、100%俺のせいだから甘んじて受け入れるだけだ。
というのはあくまで理由の1つで。
実はもう1つ理由があった。
俺の怖い顔面を、明日香は表情の変化に気が付くほどにしっかりと見てくれた。
俺のことをちゃんと見てくれている明日香のことを、俺が不快に思っているだなんてあり得ない誤解を、俺は明日香にされたくなかったのだ。
「そうだったのね。ごめんなさい、私ぜんぜん気が付かなくて」
「そりゃ気付かないって。言ってないんだから当然だろ? そもそも俺の個人的な問題だから、そこは明日香が気にすることじゃないさ」
「そう言ってくれると、ちょっと気が楽かも。リョータくんは優しいのね、ふふっ」
「っていうか、言ってないのに気付いたら逆に怖いだろ? 明日香はエスパーかよ?」
「だよね。気付いたら、FBIの超能力捜査官もびっくりだよね」
「超能力捜査官ってアレだよな? 一時期よくテレビに出ていた、あのどうにもうさん臭いの。遠隔透視とかするんだよな?」
「そうそう、ロシアの極秘建造の潜水艦とかを超能力で遠隔透視して、スケッチしちゃうの」
「でもああいう系って、最近さっぱり見なくなったような?」
「最近見ないわよね」
「需要がなくなったんだろうか?」
「もしくはコンプライアンス的にまずいとか?」
「ま、どうみても嘘だもんな」
テレビが好き放題やっていた頃ならいざ知らず、今はテレビもそれなりの節度が求められる時代だ。
「それで蒼太くんは、もしかして今もずっとしんどかったりするの?」
明日香が軽いトークを挟んでから、しかし気づかわしげな様子で尋ねてきた。
こういうさりげない気づかいに、俺は明日香の性格の良さを改めて感じる。
「最近はだいぶん慣れてマシになってきたから、そうでもないよ。そりゃゼロじゃないけど。でもあまり顔に出さない程度には、上手く付き合えるようになっているから」
手紙事件の直後の頃は、それはもう酷いもんだった。
女の子の顔を見ることすら困難で、すぐに気分が悪くなってしまい、めまいがしたり過呼吸になって保健室に駆け込むこともよくあった。
でも人間ってのは本当に慣れるもので、6年という歳月のおかげで今は日常生活に差し障りがないくらいにはマシになっていた。
というかそもそも今はもう、女の子から親しげに話しかけられること自体が、ほとんどないんだけどな。
ははは……はぁ。
「それは良かった――って言うのは、あんまり良くないわよね。ごめんなさい。えっと、不幸中の幸いだったわね」
別に言い間違いってわけでもないだろうに、ちょっとしたニュアンスの差異が俺を傷つけることがないようにと、明日香はわざわざ言い直してくれる。
本当に優しい女の子なんだな、明日香は。
「そういうわけだから、明日香のことが嫌だったとかじゃないんだ。それだけは勘違いしないでくれると嬉しい」
全ては俺の心の問題で、明日香に落ち度はないんだから。
「でも、そっか──」
俺の告白を聞いた明日香が、なにやら考え込むような仕草を見せたかと思ったら、
「だったらリョータくん、私のカレシになってくれないかな?」
何の脈絡もなく、突然そんなことを言い出した。
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