第7話「私も自分の名字があまり好きじゃないから──」

 小学生の頃はヤクザ、ヤクザとからかわれていた俺だったが、年齢を重ねるごとに図体がでかくなり、それに比例してどんどんと顔も凶悪さを増していった。


 するとどうなるか。

 高校に入ってからは、面と向かって俺をヤクザとからかう奴は誰一人としていなくなっていた。

(陰では言われていたが)


 凶悪な人相かつ身長185センチを越えるガッシリした体格の俺をからかうのは、無謀を通り越してもはや蛮勇。


 触らぬ神に祟りなし。

 百害あって一利なしだ。


 高3の頃なんて、席替えで隣になった女の子とたまたま視線が合った瞬間に泣かれたことまであったからな。

 泣きそうになったじゃなくて、マジで泣かれた。


 それを見た俺の心も、悲しみの沼でギャン泣きしたのは言うまでもない。


 俺はケンカもカツアゲもしたことがない至って善良な一般市民だ。

 ただただ悪魔的に顔が怖いだけ。


 プチ女性恐怖症で女の子は苦手だけど、だからといって視線が合った瞬間に女の子に泣かれるのはあまりに心が辛すぎた。


 とまぁそういうわけだったので、特に高校に進学してから、俺はほとんど友達がいなかった。


 そんな俺だっていうのに、明日香は出会ったばかりなのに『リョータくん』と親しげに呼んでくれたのだ。

 これで嬉しくならないはずがないだろう?


 これでもし明日香が俺の苦手な女子じゃなくて男子だったら、言うことなかったんだけどなぁ。


 でもリョータくんか。

 リョータくんリョータくんリョータくん……なんて素敵な響きなんだ。


 普通の10代学生感がすごくあるぞ。

 これぞ俺が求めてやまなかった平凡な学生生活だ!


 明日香に名前で呼んでもらえた俺が、プチ女性恐怖症で憂鬱な心を少しだけ嬉しさで弾ませていると、


「私も自分の名字があまり好きじゃないから、名字で呼ばれたくないリョータくんの気持ち、なんとなく分かるんだよね」

 明日香がポツリと呟いた。


「……明日香はいいやつなんだな」


 その理由を俺は深くは追及せずに、少し論点をずらして、気づかいのできる明日香の人間性を褒める。


 自分の名字が好きじゃない理由を聞いたら答えてくれそうな雰囲気ではあったけれど。

 でも変に深入りしてウザがられて嫌われたくない、というヘタレな気持ちが俺の口を押しとどめていた。


「少なくとも、悪いやつではないと思うわよ? 自分で言うのもなんだけどね。それでリョータくんは、さっきからなんでそんな顔をしているのかな?」


 明日香がまたもや少し遠慮がちな声色で尋ねてきた。


「おいこら!? 褒めた途端に失礼なことを言う奴だな!? 俺の顔が怖いのは生まれつきだ、ほっといてくれ」


「えっ? 生まれつき? 何の話――って、ああ……。違うの、そういう意味じゃなくって」


「じゃあどういう意味なんだよ? 俺の顔について、凶悪ってこと以外に話題があるか?」


 うわこれ、自分で言っててマジで悲しくなってくるな。

 はぁ……。


「ほら、私と話し始めてから、リョータくんずっとしんどそうな顔をしてるよね? もしかして私なにかしちゃったかなって思ったの」


「……ああ、そういうことな」


 女の子と話しているのもあって、俺は苦しそうな顔をしていたんだろう。

 どうやら明日香は俺の顔の凶悪さではなく、その点を指摘していたようだ。


 でも、だ。


 人間なんにでも慣れるもので、俺もプチ女性恐怖症との付き合いもかれこれ6年と長くなってきて、最近はそこまでは顔に出さないようにしているはずなんだ。


 だっていうのに、明日香は初対面でよくそれに気が付いたな?


「『そういうこと』ってことは、思い当たる節がある感じ? 私が苦手なタイプだったりする? 純粋に私の顔がムカつくとか? 実は時々言われるのよね、女の子から。私の顔がムカつくって」


 明日香の顔がムカつく?

 こんなに美人なのに、そんな奴いるのか――って、ああ。

 そういうことか。


 その女の子たちは多分、明日香のS級美人っぷりに嫉妬していたんだな。


 アイドルや女優でもここまでの美人はそうはいないだろうから。

 なんてことを言うと、さっきのチャラ男ナンパ野郎と同類と思われてしまいそうだから、言わないけどさ。


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