第6話「もしかして、あだ名はヤクザだったり?」

「あら、そうだったのね、変なこと言っちゃってごめんなさい」


 明日香がぺこりと頭を下げた。

 頭を下げることにまったく抵抗感がない。

 まだ少し話をしただけだけど、すごく礼儀正しくていい子そうだよな。


 女の子は苦手だけど、これならわりとすぐに仲良くなれそうな気がしなくもない。

 人を馬鹿にしたり、土足で人のトラウマを蹴飛ばすような人間じゃなさそうだから。


「別にいいよ。よく言われることだから慣れてるし」


 ほんと、何度も言われてきたことだから今さら気にしたりはしない。

 ただちょっと気分が滅入るだけで……はぁ。


 っていうか、ほんとなんなんだよこの名字。

 よりにもよって、俺みたいな顔面凶器な人間の名字にならなくたっていいだろう?


 これがもしアイドルみたいにキュートで爽やかなイケメンの名字だったなら、

『ねーねー、名前めっちゃ珍しくない!? ヤバッ! どこ出身?』

 って感じでむしろ会話の取っ掛かりになっちゃたりするはずだ。


 自分の名字と顔の悲劇的な巡り合わせに、俺が心の中でクソでかため息をついていると、


「あのさ?」

「ん?」

「変なことを聞いちゃったついでに、少しだけ失礼なことを聞いちゃってもいいかな?」


 明日香が上目遣いでおずおずと尋ねてきた。


「別にいいぞ。聞きたいことってなんだ?」


 明日香は聞きたくて聞きたくてウズウズしているように見えた。

 この時点でもう、おおよそ聞きたいことは分かっている。


「もしかして、あだ名はヤクザだったり?」

「まぁ、な」


「やっぱり~」

 明日香は軽く握った右手を口元に持ってきて、クスクスと上品に笑った。


「ぐ……、ぅ……」

 それを見た俺は小学校の頃、女子の3人組にバカにされて笑われたことをフラッシュバックのように思い出してしまう。


 明日香が俺を馬鹿にするつもりがないことは分かっている。

 俺の名字を聞けば皆が皆――善意や悪意は関係なしに――同じことを思うから。


 明日香の笑い方からも、失礼な感じはまったく伝わってきはしない。


 それでも女の子に面と向かって笑われることは、俺の気分をおおいに滅入らせてくれた。


 沸騰した油に水を注いだら水蒸気爆発が起こって大惨事になるみたいに、頭よりも先に心が過剰なまでに反応してしまう。


「ねぇねぇ、私もそう呼んでいいかな?」

「……別に好きにしてくれていいよ」


 そう呼ばれるのには慣れているから。

 だから今さらそれをどうこう言う必要なんて、ないんだ。


「んー……やっぱり止めておこうかな」


 だけど明日香はここまでの態度から一転、とても真剣な顔で俺の顔をじっと見つめた後に、小さくそう呟いた。


「え?」

「そうだね……うーんと、じゃあリョータくんって呼ぼうかな?」

「リョータくん?」


「だって名前、『やくざわりょーた』なんでしょ? だったらリョータくんだよね? 何か変かな? あ、もちろん嫌だったら別の呼び方にするけど」


「嫌じゃないよ。うん、全然ちっとも嫌じゃない」


「そう? なんならもっとフランクにリョーちゃんって呼んでもいいよ? あ、これはこれで可愛くて結構ありな感じじゃない? ね、リョーちゃん♪ リョータちゃんだとちょっと語呂が悪いもんね。ふふっ」


 真面目な顔からまたまた一転、明日香が楽しそうに笑う。


「頼むからリョーちゃんだけはやめてくれ。俺の顔でリョーちゃんとか、四方八方・全方位・老若男女問わずドン引きされること間違いなしだから」


 陰でなんて言われるか分かったもんじゃない。


 ……いや他人の評価なんて今さらだな。

 どんな呼び方でもヤクザよりは1億万倍マシだ。


 それよりも何よりも。

 俺はさっき明日香に『リョータくん』と呼ばれて、すごく嬉しかったんだ。

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