第9話「まさに鬼畜の所業ね」
「断る」
「って、即答!? どうしてよ?」
「どうしてって、なんで俺がそんなことしないといけないんだよ。そもそも何がどう『だったら』なんだ? まったく意味が分からないんだが……っていうか、俺さっき女の子が苦手だって言ったよな?」
なのに女嫌いの俺にカレシになって欲しいとは、どういうことだってばよ?
明日香の意図がさっぱり分からなかった俺は、立て続けに疑問の言葉を口にする。
そんな俺に、
「だからね、つまりこういうことよ」
明日香はそこまで言うと、ちょっと勿体ぶるように間をとってから、サラサラの前髪をサラリとかきあげながら――まるでドラマの1シーンのようだ――言った。
「これから私がカノジョとして、リョータくんのプチ女性恐怖症を治すお手伝いをしてあげる」
「は……? 俺のプチ女性恐怖症を治すお手伝い? 明日香が? しかもカノジョとして?」
「そうよ」
「そうよって……そんなこと急に言われてもな。なかなか理解が追い付かないんだが」
「うんうん、我ながらナイスアイデアじゃないの」
「なんか納得しているみたいだけど、そもそも俺が明日香にそんなことをしてもらう理由がないだろ? まだ出会ったばかりなのにさ」
「理由ならあるわ」
「え?」
「さっき助けてもらったお礼ね」
「だからお礼はいいんだって。マジで俺は声をかけただけで、向こうが勝手に逃げていったんだからさ」
これはもう確定的に明らかな事実だ。
「そうはいっても、それじゃあ私の気が収まらないもの」
「そこをなんとか収めてくれないか?」
「いいえ無理な相談ね。私にはリョータくんにお礼をする義務と権利があるわ、人として」
「そんなものないから。最近の世の中は極めてドライだから。アパートの入居にあたって大家さんから『他の入居者には絶対に挨拶しないでね、転居されたら困るから』って言われるくらいだから」
そんなことを言われてしまうのは、顔面凶器な俺だけなのかもしれないけれど。
っていうか俺だけだな、間違いなく。
ぴえん。
「いいえあるわよ。社会は人の繋がりによって成り立っているんだもの。人という字は、2人が互いに支えあってできているんだって。昔の偉い先生が言ってたらしいけど、いい言葉よね」
「今はあれこれ便利になったおかげで、個人でも生きていけるようになったよな。いい時代だよな」
特に俺みたいな、生まれつきのはみ出し者(にしか見えない人間)にはさ。
「分かったわ、そういうことね」
「分かってくれたか」
「つまりリョータくんは、私に『人でなし』の汚名を着せようというわけね? まさに鬼畜の所業ね!」
明日香がまたもやビシィッっと俺に人差し指を突き付けた。
細長い指先は、爪の先の先まで完璧に完全に綺麗だ。
まさにS級美少女の指先だった。
それはそれとして。
「全然ちっともこれっぽっちも分かってないからな」
「いいえ分かっているわ」
「分かってないってーの」
「分かっているってば」
突如として始まった、絶対にお礼したいウーマンvs絶対にお礼されたくないマンのバトル、ファイッ!
「あと『鬼畜の所業』なんて古めかしい言葉をリアルに言う人を、俺は初めて見た」
「そう? 割と普通の日本語じゃない?」
「一般的な若者の口から発せられるワードじゃないことは間違いないな」
「ええっ、そうかしら?」
綺麗な人差し指を口元に当てて、明日香がお上品に小首をかしげる。
うーむ。
やっぱり明日香はいいとこのお嬢さまっぽい感じが
まず間違いなく俺たち一般若者とは一線を画す、言うなれば上級若者だ。
「ってか、さっきからなんだよこの変テコな会話は。っていうかノリノリだろ実は。声が楽しそうに弾んでるぞ」
「そういうリョータくんだって結構ノリがよかったじゃない」
「つ、ついな」
友達が少ない俺にとって、なんでもないバカ話は滅多に体験できないウルトラレアな体験だ。
なので、ついノッてしまったのだ。
明日香は女の子とは思えないほどに話しやすくて、プチ女性恐怖症が治ったのかと思わず感じてしまうほどだ。
男女の垣根を越えて、人としての波長がマッチしているのかもしれない。
「いいわ。お礼うんぬんは、平行線になりそうだからひとまず置いておくとして」
「ひとまず置いてなんておかなくても、このまま忘れてくれて全然構わないぞ?」
「ねぇリョータくん? リョータくんは人生100年の時代に、結婚もせずに独身でずっと一人で生きていくわけ?」
明日香は俺の発言を華麗にスルーして、急に人生について語り始めた。
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