第10話「偽カレシをやってくれないかなって」
「いきなり人生とか言われても、まだ10代なのにそんな先のことなんて考えたこともないよ」
老後のことを真剣に考えてる10代なんて、いるか?
政治家かなんかの偉い人が老後資金に2000万円が必要だとか言ったらしいけど、そんなこと俺らに言われても『はぁ、そっすか』ってなもんだろ?
「じゃあせっかくだから、今から少しだけ考えてみてよ? 一人ぼっちで過ごす老後を」
「そうだな……一人ぼっちって言葉が既に嫌すぎるな」
俺の脳裏に、ニュースで時々見かける『孤独死』という悲しいワードが浮かんできた。
誰にも看取られずにひっそりと人生を終える――それはとてもとても嫌な終わり方だ。
「そしてリョータくんは、女性が苦手なことを治せるなら治したいんだよね?」
「そりゃ治せるもんなら治したいけどさ。でもこの顔だろ? まずその機会すら掴めないってのが正直なところだな」
目が合っただけで女の子に泣かれてしまう俺に、一体どうしろというのか。
「だからよ」
「?」
「だから私がそのお手伝いをしてあげるってこと」
「お手伝い?」
「私とカップルになって女の子に慣れていって、女の子が怖くなんてないってことを実感できれば、症状も良くなるんじゃないかな?」
「それはそうなんだろうけどさ。でもいきなりカップルとか言われても、現実味がなさ過ぎるっていうか」
明日香の提案はさすがに突飛すぎた。
「なんだか微妙な顔をしてるけど、リョータくん的には私はあんまり好みじゃない感じ?」
「そんなことはないよ」
少し不安そうに尋ねてくる明日香を安心させるように、俺は即答で返事を返した。
明日香はものすごく美人だし、話してみるとすごく人当たりもいい。
明日香を見ていると、小学生の頃に好きだった新垣さんをなんとなく思い出してしまう。
もし俺が女の子が苦手じゃなかったら、きっと明日香のことを一発で好きになっていたはずだ。
特別な関係になれなくても、これから4年間同じ大学に友達として通えるってだけで、狂喜乱舞していたと思う。
だから違うんだ。
俺が微妙な顔をしたのは、明日香が好みじゃないからじゃないんだ。
「じゃあ、もしかして過去にそういうことを試したことがあったりする?」
「それもないよ。っていうか俺みたいな怖い顔の男と付き合ってくれる女の子は、そもそもいなかったし。付き合う以前に、その前段階として話してくれる女の子すらいなかったからな」
仲のいい女の子どころか、ぶっちゃけ男子からすら距離を置かれていた。
それがでかい図体&凶悪な顔面を持ち、ヤクザという二つ名を与えられた男、薬沢良太の高校生活だ。
「だったら、リョータくんがこの話に乗らない手はないと思うんだけど?」
合点がいかない様子で明日香が首をかしげた。
「だってカレシってことはつまり、俺と明日香がカップルになるってことだろ? そういうのはやっぱ違うっていうか。カップルってお互いに好き合った2人がなるもんだよな?」
そうだ。
俺は経験がないから推測だが、付き合うってのいうのはそういうことのはずだ。
互いに思い合う2人が、一歩進んで特別な関係にステップアップした状態のことを言うはずだ。
そして俺と明日香は、そういう気持ちを持ち合っているわけでもなんでもない、ついさっき出会ったばかりの、同じ大学に通う新一年生ってだけの間柄なのだ。
助けたお礼でカップルになるってのはどう考えても変だし、間違っていると俺は思った。
「あ、えっと、ごめんなさい。もちろん本当にお付き合いするわけじゃなくて、いわゆる契約カップルって意味だったの。偽カレシをやってくれないかなって、そう言う意味で言ったのよ」
明日香は申し訳なさそうに言いながら、両手を合わせてごめんなさいのポーズをした。
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