第11話「それよ!」(ビシィッ!)

「契約カップル?」


 補足説明を受けても、やはり明日香の意図が分からなくて、俺はおうむ返しに聞き返した。


「契約カップルって言うのは、本当に付き合ってるわけじゃなくて、表面上だけ付き合っている関係ってことね」


「いや、言葉の意味自体は分かるぞ? 最近ドラマとか漫画でも時々見かけるし。俺が聞きたいのは、なんで契約カップルになるんだってこと。そもそも俺のプチ女性恐怖症を治すためだったとしても、イチイチ付き合う必要はないよな?」


 別に一人の女友達として手伝ってくれれば、それで問題はない。

 偽のカップルになる必要なんてないし、面倒くさい演技をする必要なんてどこにもないはずだ。


「んー、そうよね……私の方の事情を話していないのはフェアじゃないわよね」

「明日香の事情ってのは?」


「実は契約カップルになるのって、私にもすごくメリットがある話なの」

「いやいや、俺と契約カップルになっても、明日香にメリットなんかないだろ」


「それがあるのよね」


「あるかな? そんなことしても『ヤクザみたいな男と付き合ってる』ってマイナスの評判が立つくらいだろ? どう考えてもデメリットしかないと思うんだけど」


 自分で言ってて本当に悲しくなるんだけど、当たらずとも遠からずなのは間違いない。

 しかし、


「それよ!」


 俺の言葉を聞いた明日香は、我が意を得たりとばかりにビシィ! と俺に人さし指を突きつけた。


「ごめん、『それ』と言われてもどれのことだか、さっぱり分からないんだが……」


「この際だからぶっちゃけちゃうけど、どうも私ってモテるみたいなのよね」

「ぶっちゃけるも何もそりゃモテるだろ? 誰が見ても美人って言うだろうし」


 明日香がモテなかったら世の中モテる女はいなくなるぞ?


「うーん、私って中学・高校とずっと女子高だったから、男子の好みのタイプとかあんまりよく分からないのよね」


「なるほど、そういう理由があったのな」


 女子高に6年間通っていたとか、ますますお嬢さまっぽいな。

 だから俺みたいな反社会的な顔面をしている男にも、普通に接してくれたのかな?

 俺はそこんところに妙に納得してしまった。


「それでね、今日の入学式でも何回もナンパされて困り果てていたのよ」


「そうだよな、男慣れしてないのにいきなりそんな目にあったら大変だったよな――」


「そうなのよ! すごく大変だったの!」

「え、お、おう……?」


 美人は大変だなぁという、俺の深く考えたわけでもない何気ない同意に、しかし明日香は激しく食い付いてきた。


 あまりの勢いに思わずビクッと気圧けおされてしまう俺。

 でかい図体&顔は怖くても心はパンピー、それが俺という人間だ。


「聞いてくれる? まず会場に行くまでに5回ナンパされたでしょ」

「会場に行くだけで5回もナンパされるって、割とマジですごいなおい……」


 明日香のモテっぷりをちょっと舐めてたわ。

 俺ですら職質2回だけだぞ?

 つまり単純計算、明日香は俺の2.5倍すごい(?)ということになる。


「しかも会場に入ったら、今度は入学式が始まる前に次から次へと声をかけられたの。なんなら式が始まってからも声をかけられたわ。いい年して、式の間くらい静かにできないのかこいつは、って心底思ったわね」


「お、おう……そりゃ大変だったな」


「それでトドメとばかりにさっきのアレでしょ? 私は話しかけたら幸せになる珍獣じゃないのよ?」


 明日香が心底うんざりしたような顔をした。


「ああ、うん……それは本当に大変だったな……ちょっと、いやかなり同情する」


 どうやら明日香は美しすぎるがゆえに――怖くて人から距離を取られる俺とは正反対なのに――人間関係では同じくらい苦労してしまうタイプの人間のようだ。


 人気者と嫌われ者。

 対極にいるはずなのに、失礼ながら俺は明日香に妙な親近感を覚えていた。


 おかげでS級美人と話しているっていうのに、プチ女性恐怖症の出方も穏やかなものだ。


「今まではずっと女子高でしょ? しかも家から学校まで毎日、車で送り迎えをもあったから、『こういうこと』って経験したことがなかったのよね。ほんとやんなっちゃう」


 明日香はさながらハリウッド女優のように大げさに肩をすくめたのだが、


「……は? 今、なんつった?」

 俺は明日香のセリフに思わずツッコんでしまった。


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