第23話 ステップアップ
「だってせっかくの大学生活なんだもの。庶民的で普通な学生の一人暮らしをしてみたかったのよ」
ね、わかるでしょ? みたいに言ってくる明日香。
「庶民的……? 普通……?」
しかしそびえたつ超高級賃貸マンションを前に、明日香の言葉に首を傾げざるを得ない俺である。
「学生の一人暮らしで、お手伝いさんとガードマンがいる庭付き一戸建てはさすがにないよねー。私だってそれくらいは分かるし」
しかし明日香はなんとものほほんとした口調のまま、どころか若干自慢げに話しを続ける。
「明らかに『庶民』という言葉の定義が世間一般とズレ過ぎていて、俺もう会話に困るレベルなんだが……」
俺は「お嬢さまの言うところの庶民」にただただ驚愕するしかできないでいた。
明日香のイメージする「一般庶民」は、俺たち「ネイティブ一般庶民」からしたら間違いなく上級国民だよ。
「そ、そうなんだ……。庶民感覚って結構難しいのね……。うん、やっぱりリョータくんにお願いして良かった。私がみんなとの会話に困らなくなるよう、ご指導ご
「ちょっと安請け合いしちゃったかなぁ……」
明日香に庶民の常識を教えるのは、思っていた以上に骨が折れそうな気がする。
「それはそれとして。リョータくんの方はまずは一歩ステップアップできたわね」
「ステップアップってなんの話だよ?」
「だって今、リョータくんは私の目を見て話してくれてるでしょ?」
「……あ、ほんとだ」
言われて初めて気が付いたのだが、俺はいつの間にか明日香の目を見て会話していた。
あれだけ女性の目を見て話すのが苦手だったのに、しっかりと目を見れている。
「ね? できてるでしょ? これってすごいステップアップだよね?」
まるで自分のことのように、嬉しそうに明日香は話す。
「不発弾に超高級マンションと、立て続けに衝撃の展開が続いて、無意識に心の壁を踏み越えてた気がする」
そっちに神経が行き過ぎてて、それどころじゃなかったっていうか。
「そういう意味では不発弾が見つかったのは悪いことばかりじゃなかったのかもね――って言ったら語弊があるかもだけど。そのせいでリョータくんが大変なのは間違いないわけだし」
「人間万事塞翁が馬、ってことか」
「悪いことが良いことに繋がったり、その逆も起こるのが人生だから、ある程度適当に生きようってことわざだったかしら?」
「そうそう。まさに今の俺だなって、ちょっと思った。しっくりきたっていうか」
「ふふっ、たしかに。それに考え方がポジティブなのが素敵よね。こういう生き方は見習わないと」
「同感だな」
「さーてと、このまま立ち話もなんだし、まずは部屋に入りましょ。リョータくんは荷物も置かないとだし。教科書とかずっと持ってると重いでしょ?」
「正直言うと、重い」
「じゃあ少し待っててくれる。警備の人に話してくるから」
明日香はそう言うと、エントランス入り口横にある警備室からこっちをそれとなく窺っていた警備員に事情を説明しはじめた。
そして数分後。
「はい、これで自由に出入りできるわよ」
俺はオートロックのカードキーを手渡された。
「こんなパパっとカードキーをくれて、セキュリティ的に大丈夫なのか? そこだけちょっと心配なんだけど」
「私がオーナーの娘なことは警備の人も知ってるから、話はすぐよ。あ、でも無くさないでね? 誰か1人が無くすと全員分を交換しないといけなくなるから」
「分かった、カードキーだけは無くさないようにする」
この先どうなるか分からないのに、さらに交換費用まで請求されたら大変だ。
せっかくなので物は試しと、作ってもらったばかりの俺のカードキーでオートロックを解除する。
もちろん、何の問題もなくオートロックは解除された。
「じゃあ私の部屋に行きましょうか」
「え、エレベーターがあるぞ……」
「そりゃそうでしょ? ないと不便じゃない」
「…………」
さも当然のように答えた明日香に連れられて、エレベーターに乗り込む。
音もなくドアが閉まり、すーっと滑らかに上昇してゆくエレベーター。
こうして俺は、超高級マンションの最上階へとたどり着いた。
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