第20話 「そう言うわけだから、しばらくは私の家に泊めてあげるわね」

 というのもだ。


『あの日』以来、俺はずっと女の子を意図的に遠ざけてきたから。


『あの日』以来、女の子を好きになったこともなかったし、俺のことを好きになってもらおうと思ったことすらなかったから。


 そんな理由から煮え切らない答えを返した俺に、だけど明日香はやっぱり妙に真摯に、想いを込めるような情熱的な口調で、言葉を紡いでいく。

 

「好きになるって、もう本当に好きで好きでしょうがなくて、その人のためならなんだってしてあげたくなる――そんな強烈で一直線な感情だと思うの」


「……」


「それってきっと理性とかを越えたところにある、生物としての本能なんじゃないかな。理屈じゃなくて心から来るどうしようもない強烈な感情。リョータくんはそんな気持ちになったことって、今まで一度もない?」


「ごめん、よく分からない。俺はずっと女の子とは距離を取ってきたから」


「……そうだよね。リョータくんは女の子がが苦手だもんね」

「真剣に語ってくれたのに、ごめんな」


「ふふっ、そんなのいいってば。リョータくんはレアケース中のレアケースだもん。でもね?」

「ん?」


「おかげでいい作戦を思いついちゃったかも」


 明日香がにんまりと笑った。


「いい作戦って?」


「名付けて『リョータくんと同棲して女の子にドキドキする気持ちを味わってもらう』作戦」

「なんだそりゃ?」


「作戦っていうよりは方向性みたいな感じかな? リョータくんに女の子を好きで好きでたまらなくなってもらうの。そうしたら女性恐怖症も自然と改善すると思うのよね。人を好きになるってものすごいパワーが必要で、だけど頑張るためのパワーにもなるものだから」


「さっきからの明日香の言葉を聞いてると、なんとなくそんな気がしてくるから不思議だ」

 妙に情熱的な語り口が、俺の心を揺さぶってくると言うか。


 なにより、明日香が手助けしてくれるこの機会を逃したら、俺はこの先一生、変われないかもしれない。


 俺の心の根底には、『あの日』と同じような目にあって傷つきたくないって逃げがあった。

 それは女性恐怖症という格好の理由を錦の御旗にして、現実から目を背けてきたということに他ならない。


 逃げるのを止めるなら、今がきっとチャンスなんだ。


 明日香の言葉は不思議なほどに俺の心の中に染みわたり、長年凝り固まっていた俺の心の氷壁を溶かしつつあった――のだが。


「まぁ? 偉そうなことを言ってるけど、私は実際に強烈で一直線な気持ちになったことはないんだけどね。えへっ♪」


 しかし最後に可愛らしく言われてしまい、俺は思わずずっこけそうになった。


「ないのかよ!? 俺今、ちょっと心に感じ入ってたところなんだが!? っていうか明日香は許嫁がいるんだろ!? 好きじゃないのかよ!?」


「許嫁って言ったって、別に私が熱烈に好きになったり一目惚れしたわけじゃないんだもん。パパとママと一緒に2回ご飯を食べたことしかない人に、そんなに強い感情は持たないわよ。優しそうな人だとは思ったけどね」


「……そっか」

 俺はその言葉に、なんとも言えない安堵感を抱いていた。


 ……って、ん?

 俺はなんで今、明日香が許嫁に対して強い好意を抱いていないと知ってホッとしたんだ?

 まさか俺は明日香のことを――って、ないない。


 最近はかなりマシになったとはいえ俺はプチ女性恐怖症だし、確かに明日香はすごく美人だけど、俺たちは今日初めて会ったばかりだ。


 まさか一目惚れしたわけでもあるまいし、俺が明日香を好きなんてことはありえない。


 明日香が俺のことをまったく怖がらないこともあって、俺は明日香に対して妙な親近感を抱いてしまっている。

 それは間違いないし、否定もしない。


 そうでなければ、今日初めて出会った相手と偽カップルになったりなんてするわけがない。

 俺はそこまでお人好しじゃないし、赤の他人のために頑張れる人間でもない。


 だけどそれは女の子に対して長らく感じたことがない感情だったから、脳がびっくりして恋だの愛だのラブだのと勘違いしてしまったに違いない。

 きっとそうだ。

 そうに違いない。

 人間の脳は割と勘違いしやすいからな。


 そもそも明日香には許嫁がいる。

 許嫁のいる女の子を好きになるとか、人としてヤバすぎだろ。


 俺はカレシ持ちの女子大生を寝取るのが好きな、NTR漫画の登場人物かっての。

 いやまぁそういう漫画は読んだことはないんで、ネットで見聞きした情報なんだけどさ。

 ほ、ほんとだぞ!?


「あと、思ったんだけどね?」

「なんだよ?」


「私が庶民について理解しないといけないように、蒼太くんは女の子のことをもうちょっと理解できた方がいいと思うのよね。この調子じゃあ女性恐怖症が治ったとしても、どうやったって本物のカノジョはできないわよ?」


「たしかにな……女性恐怖症が治ったからって、それでカノジョができるわけじゃないもんな」

「でしょ?」


 明日香の言う通り、その2つは必ずしもイコールではない。


 せっかくだし、この機会に女の子との付き合い方も、明日香から徹底的に学ばせてもらおう。


 でも、だ。


「今に限ってはそういう話は全部後回しで、まずは明日大学に行くための準備をしないといけないんだよなぁ」


「だからよ!」

「え?」


「そう言うわけだから、しばらくは私の家に泊めてあげるわね」

 明日香が突然の爆弾発言を投下して、


「……は?」

 俺はなんとも間抜けな声をあげてしまった。



―――――――――――


悪の秘密研究所を壊滅させたら、実験体の少女に懐かれたんだが……。若き凄腕エージェント・ムラサメはある日突然、1児の父となる。

https://kakuyomu.jp/works/16817330667542173234


新作ファンタジーです。

保護した少女を娘(仮)に、自分を慕ってくれる女の子を嫁(仮)にして、3人で家族(仮)を作るハートフル物語です。


こちらもなにとぞ、よろしくお願いいたします。

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