第19話 不発弾(2)

 とまぁ、俺が突然の事態を前に、なすすべなく言葉を失ってしまっていると、


「ねぇリョータくん、私から提案があるんだけど」

 明日香が俺の肘の当たりの服をチョイチョイとつまんできた。


「え? あっと、ごめん明日香。あまりの突発事態っぷりに気が動転しちゃって、すっかり存在を忘れてた」


 俺は明日香の存在を今さらながらに思い出した。


「ふふっ、だと思った」

「ごめんな、完全に動揺しちゃっててさ。周りが見えなくなってた」


「別にいいわよ、まさかの事態なんだし。言ってみれば爆弾事件の当事者になっちゃったのよ? 動揺して当然だと思うわ」


「だよなぁ、これ爆弾事件だもんなぁ。まさか俺が、そんなもんに巻き込まれるとはなぁ……」


 そりゃテレビ局も来るよな。

 ちなみに住人と思しき学生たちが次々とインタビューをされているのだが、当たり前のように俺のところにはインタビュアーはやってこなかった。


 理由は言わずもがなである。

 ぴえん。


「普通の人は、人生で一度も縁がない言葉よね」

「というか縁がありたい言葉ではないな。でも俺と違って明日香は結構、冷静だよな?」


「こう言うとリョータくんには申し訳ないんだけど。私は居合わせただけの部外者だから、割と冷静でいられるわね」


 明日香が申し訳なさそうに苦笑いした。

 それを見て、俺は少しだけ気持ちが落ち着いた気がしていた。


「ありがと。冷静な人が側にいてくれたおかげで、俺もちょっとだけ冷静になれた気がするよ」


「だったら良かった。焦るなとはさすがに言えないけど、焦っても多分、いい考えは出てこないと思うから」


「いいこと言うじゃん」

「ふふっ。でしょ?」


「よし! 確定した事象は変えられないんだから、気持ちを切り替えよう! ってわけで、聞いての通りでさ。ちょっとごたごたしてるから今日はここでお別れってことでいいか?」


 明日から大学に通うために、今からなんとか最低限の準備をしないといけない。

 これが今の俺の最優先事項だ。

 明日香と契約カップルになる話とかそういうのは、とりあえず全部後回しにしよう。


 ええっと、実家から通うにしても貴重品と、ポケット六法とかの勉強道具はマストで持ち出さないとだよな。

 着替えは実家にあるし、家まで持って帰るのはかさばるから、この際諦めよう。

 ああ、あとシラバス(*)もあった方がいいか。


―――――――

(*作者注)授業概要のこと。分厚い冊子になっていて、大学ではこのシラバスを元に自分が履修する授業を決めて履修申請をし、自分だけのオリジナル時間割を作るんだって(*'ω'*)b


 毎年春になると新一年生向けにパンキョーの楽単(楽に単位が取れる授業)をまとめたペーパーが100円とかで学内でこっそり売られているらしいよ。

 知らんけど。

―――――――


 その辺りは絶対に持ち出さないと、大学には行けても何もできなくなってしまう。

 警察の人に言えば、取りに行くくらいはさせてもらえるよな?


 俺があれこれ考えを巡らせていると、


「なに言ってるのよ。リョータくんをこのままにして私だけ帰れるわけないでしょ? 私はカノジョなんだし」

 明日香が呆れたように言ってきた。


「明日香は本物カノジョじゃなくて、契約上の偽カノジョだろ? こんな不測の事態にまで付き合ってもらう必要はないっての」


 俺たちは利害関係の一致から契約カップルになることにしたものの、実際は同じ大学に通うってだけのただの友達だ。

 しかも今日が初対面ときた。


 なので俺としては、明日香にそこまで迷惑をかけたくはなかった。


「そんなことないわよ。少なくとも外では常に本物のカノジョとして振る舞わないと。普段からおろそかにしていると、何気ないところでボロが出ちゃうものよ?」


「たしかにそれはあるかもだけど……でもさすがに事が事だしなぁ……」


「それにカレシのピンチを放っておくなんて、カノジョ失格でしょ。どう考えても」


「そうは言ってもさ? 仮に本物のカノジョだったとして、そこまでしてもらう義理はなくないか? もうこれ個人の手に負える案件じゃないわけだし」


 大学の入学式の日に、一人暮らしを始めたばかりのアパートで不発弾が見つかって追い出されるとか、これもうギャグマンガの主人公だろ。


 たとえ本当に付き合っていたとしても、この状況で面倒を見る義理はないと思う。

 俺はそう思ったんだけど、明日香の考えは違ったようだった。


「だからこそでしょ? カレシが自分一人で抱えきれない大ピンチだからこそ、一生懸命に尽くしてあげたくなるのがカノジョってものなのよ」


「そんなもんか?」


「そんなものよ。だって人を好きになるって、そういう強い気持ちなわけでしょ?」

「そうなの……かな?」


 やけに真剣な口調の明日香に、俺はやや曖昧に言葉を返した。

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