第18話 不発弾(1)

「すみません大家さん、この春から入居した204号室の薬沢ですけど、何か事件でもあったんですか?」


「ひいっ!? 騒がしくしてしまってごめんなさい! でもボクのせいじゃないんです、これは不幸な事件で――って、ああ。その怖い顔は薬沢くんじゃん。急に声をかけられたらビックリするでしょ? 山□組がカチコんできたのかと思っちゃったよ」


 恐怖の表情から一転、俺だと分かった大家さんはホッとしたような顔を見せた。


「すんません、ナチュラルに怖い顔しちゃってて……」


「ああうん、ボクのほうこそ今のは言い過ぎちゃったよ。ごめんね。でも、ちょうどいいところに来てくれたよ。警察の人とのお話も終わって、今から薬沢くんにも連絡しようと思っていたところだったんだ」


「すごい人だかりみたいですけど、何があったんですか? パトカーとか消防車とか、あとマスコミも来ているみたいですけど」


「テレビとかネットニュースを見てないの? うちのアパートの庭から太平洋戦争中の不発弾が見つかったんだよ。それで大騒ぎになってるんだよ」


「不発弾が見つかった!? 大丈夫なんですかそれ!?」


「それが見ての通り、大丈夫じゃないんだよねぇ」

「で、ですよね」


 イチイチ尋ねなくとも、この尋常ならざる状況を見れば大丈夫じゃないのは一目瞭然だ。


「それで薬沢くんには申し訳ないんだけど、見つかった不発弾を処理しないといけないのと、他にも不発弾が埋まっていないか調査するそうなの。だからそれが終わるまでしばらくは、このアパートは立ち入り禁止になっちゃったんだよ」


「アパートに立ち入り禁止!? ちょ、ちょっと待って下さいよ! そんなこと急に言われても、俺明日から大学が始まるんですけど」


 思いもよらない言葉に、俺は勢い余って大家さんに詰め寄ってしまった。


「そう言われても、これボクが言ってるんじゃなくて、警察とかお役所の方から言われてるからねぇ。あと顔が怖いからあんまり近づいて話さないでくれると嬉しいかなぁ。ボクは気が弱い方だから……」


 気付くと、大家さんは涙目になっていた。


「す、すみません、つい。でもそんな……だって……」


「たしか薬沢くんの実家は神戸だったよね?」

「はい、そうですけど」


「神戸から大阪なら全然通えない距離ってわけでも、ないんじゃないの? 三宮からここまで阪急電車で1時間かからないいでしょ?」


「神戸っていっても、うちの家は北区の山奥の奥なんで、三宮に出るのにも結構時間がかかるんです。大学までだと片道2時間弱はかかって。だからとても毎日通学は……あの、立ち入り禁止の期間ってどれくらいなんですか?」


 本来、神戸は大阪のベッドタウンなんだけど、俺の実家は標高300メートルを超える神戸の山奥だ。

 とても大阪まで通えるような距離じゃない。


「調査には最低1か月はかかるみたいな話だったんだけど、場合によっては建物を取り壊さないといけないみたいな話もあるみたいで、その時はもっとかかるんだってさ」


「最低1カ月!? 困りますよそんなの!」


「そうは言ってもボクもお役所から言われるがままで、そもそもこんな事態は門外漢だから、どうしようもないんだよねぇ……」


「あ、そうですよね……すみません。大家さんも被害者なのに。俺ちょっと動揺しちゃって」


「こんなことになったんだから動揺するのは当然だよ。ボクだって今やっと少し冷静になれたところなんだから」


「そう言ってもらえると助かります」


 そうだよな。

 大家さんだって俺と同じでこの件では完全な被害者なんだ。

 爆弾処理の専門家でもない大家さんを責めたって、何も解決したりはしない。


 言うなればこれは天災だ。

 誰かを批判するんじゃなくて、建設的な思考でもってこの困難な状況に対応していかないといけない。


「すーはー、すーはー……」


 俺は深呼吸して少し冷静になろうと試みた………………んなもん冷静になれるかよぉぉぉっ!?


「ええええええええ!? ちょ、マジでどうすんのよこれ!?」


 片道2時間かけて実家から毎日、大学に通うのか?

 さすがにそれは無理だろ?

 往復4時間だぞ?


 1限の始まりが8:50だから、間に合うためには6:50より前に家を出ないといけない。

 当然、起床時間はそれよりも早くなる。

 そんなの絶対に不可能だ。


 かといってホテルを借りるわけにもいかない。

 貧乏ではないものの特に裕福というわけでもない我が家に、ホテルから通学するなどという金銭的余裕は存在しない。


「それにほら、ここって入居者は全員が学生さんでしょ? もし不発弾が爆発して入居者が死んじゃったりしたら、それこそ親御さんに顔向けできないからさ」


「……ですよね」


 万が一にでもそんなことになってしまったら、大家さんは一生後悔することになるだろう。

 遺族から恨まれることにもなる。


「でも参ったなぁ。これ、調査や撤去の費用、取り壊しとかになったらその間の休業補償とかって出るのかなぁ……」


「で、出るといいですね……」


 よくよく考えれば、賃貸で借りているだけの俺よりも、物件を持ってる大家さんの方がはるかにヤバい状況だった。


「まぁ今はボクのことはいいからさ。とりあえず薬沢くんは親御さんに連絡してみてよ。ボクは今度は大阪府の職員の人と話してこないといけないからさ。あ、すみません、今行きまーす!」


 突然のアクシデントに途方に暮れる俺の肩を、大家さんは励ますようにポンと軽く叩くと、大阪府の職員と思しき一団のところへと歩いていった。


「あ、はい……」

 俺はそれに呆然と見送るしかできなかった。

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