第15話「でも怖そうなだけで、リョータくんは怖いわけじゃないんでしょ?」

「……純粋に疑問なんだけどさ」

「なぁに?」


「許嫁がいるのに俺と契約カップルとかやっていいのか?」

「別に構わないわよ」


「いやいや構うだろ。相手の男から見たら完全に浮気だろ? 俺、人に恨みを買うのは嫌なんだけど」


 俺はでかい図体と超怖い顔をしているが、心は普通の一般人だ。

 人の許嫁を内緒でお借りするのは正直、遠慮したい。

 周りは契約カレシだって知らないわけだし。


 しかもやり手の実業家なんだろ?

 そんな相手の恨みを買ったら、一般庶民の俺の人生なんて消し飛ばされちゃいそうなんだけど。


「その辺りのことはちゃんと伝えておくから大丈夫よ。それに用心棒がいた方が向こうも安心できるんじゃないかしら?」


「用心棒……まぁ結局そういうことなんだよな、俺に求められている役割ってのは」


 表面上はカップルだけど、俺はあくまで明日香の男避け要員。

 そして明日香はその対価として、俺の女性恐怖症を治すお手伝いをする。


「もちろんあなたに本命の好きな女の子ができたら、その時点で契約カップルは解消するわ。あなたの人生を邪魔したりはしないから。なんなら友達作りのついでに、彼女ができるお手伝いをしてあげてもいいわよ?」


「マジか?」

「マジよ」


 まったくもって悪くない話だった。

 少なくとも俺が断る理由はない。


 だからあと1つだけ確認しておきたい。


「……一つだけ聞いていいかな?」

「なに?」


「俺のことが怖くないのか?」


 俺は出会った当初からずっと気になっていたことを尋ねた。

 自分で聞こうとしておきながら、明日香の答えを聞くのが怖くておずおずと小さな声になってしまう。


「んー、特には怖くないかな?」

「そっか。明日香は人を見た目で判断しない人なんだな」


 俺は見た目じゃなくて、内面で相手を判断する明日香の優しさにいたく感激した。

 さすがお嬢さま、心が天使のように優しいな。

 もちろん俺に気を遣ってくれたのかもしれないけど――、


「ううん、割とするわよ?」

 しかし明日香はさらりとそう付け加えた。


「……すんのかよ」

「そりゃあするでしょ。ぶっちゃけ人は見た目が9割だと思うし。さっきナンパしてきたチャラ男なんて、見た目だけでまっぴらごめんだもの」


「だったらなんで俺の顔を見て普通に話せるんだ? 自分で言うのもなんだけど……俺の顔は怖いだろ?」


「たしかに顔は少し怖そうよね」

「だろ?」


「でも怖そうなだけで、リョータくんは怖いわけじゃないんでしょ?」

「え――」


「リョータくんは見た目は怖そうだけど、態度とか雰囲気とかはあまり怖くは見えないかな」

「それは見た目って言うのかな?」


「私、思うんだけど、見た目って単なる外見じゃなくて、醸し出す雰囲気とか態度も含めてのことじゃないのかな? 少なくともリョータくんは、私にとって怖い人じゃないのは間違いないわ」


「そうか」


 な、なんだよこいつ。

 マジのガチにめっちゃいい奴じゃんか。

 最っ高に素敵なお嬢さまじゃんか。


 もし俺が女性恐怖症じゃなくて普通の男だったら、もうこの時点で既に恋に落ちちゃっている自信があるぞ。


 俺は明日香の人となりに心の底から感動していた――最後の一言を聞くまでは。


「あとね、リョータくんの鋭い目つきが、実家で飼っていたドーベルマンの目付きとすっごく似ているの。だから顔を見てると親近感が湧くのよね~」


「……」


「ギルバートって言うんだけど。あ、画像見る? 鋭い目つきがとってもカッコいいんだから」


「俺は犬扱いかい……」


 最後に素敵なオチが付きました。

 いいね、そのノリ。

 やっぱり関西人のトークはオチがなくっちゃな。


 とまぁ、これが俺と明日香の運命の出会いだった――んだけど。


 この出会いの日には、最後にもう一つ。

 思ってもみなかった超特大のハプニングが用意されていたことを、俺はすぐに知ることになる。

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