第176話 フェイズ=フィンラント
「ご安心くださいな。妙な動きをしない限り、騎士たちには手を出しませんわ」
「一応の感謝をしておこう。ははっ、次が最後の勝負だな」
「そうですわ。いざいざ」
「ああ、挑ませてもらうぞ!」
フォルテとウォルト、元婚約者同士の会話がコレだった。どうしてこうなったかと言えば、婚約破棄があったからだが、今更だ。
そして、最後の戦いが幕を開ける。
「ぬぅああ、はははっ。速いなあ」
「やりますわねっ」
フォルテとフミネを以てしても、油断のならないそれは圧倒的だった。お互い基本的な所は他の第5世代と速さに変わりは無いはずなのに、全く違う。細かいのだ。更にリズムが違う。その結果が、両騎がブレて見えるほどの緻密な戦闘になって、現れていた。
「あひゃはっ!」
「そうらぁ!」
アリシアの笑いと、フミネの掛け声が交差する。
「速くて上手い!」
どこぞの牛丼屋みたいなセリフであるが、フミネの心は揺さぶられていた。自信があったのだ。ここまで育てたオゥラ=メトシェイラと自分と、そしてフォルテさえいれば、誰にも負けないと。だがこの敵はなんだ? こちらの動きに追いついてきている。どうやって?
「ほぉう、気付くか、フミネ・フサフキ。ならば教えてやろう。はははっ!」
「教えてくれるのは嬉しいけど、なんかキモい」
戦闘中にも関わらず、ウォルトが解説を始めた。
「理由はふたつ。ひとつは業腹ではあるが、ははっ、この騎体の伝達系はそちらから仕入れたモノだ。スラスターとやらもだな。戦場に山ほど落ちていたぞ」
「……パチったのかあ」
「だが、もうひとつ。騎体は」
「いや、もういいよ。それ以上しゃべんな」
フミネの声が低くなった。
◇◇◇
「フォルテ」
「なんですの?」
「ひとん家の騎体から部品漁って、強化した? 凖第5世代? 笑わせる。ぶっ倒すよ」
「わたくしも少々カチンときましたわ。やりますわ!」
フォルテとフミネが心のスイッチを入れる。灼熱のごとく、意志の力を燃やし上げる。
「あひゃひゃ? ウォルト……」
「ど、どうした、アリシア?」
さっきまで狂ったような笑い声をあげていたアリシアは、もういなかった。地獄の様に冷たく深い冷気を放ち、感情を失ったかのような冷徹な声が操縦席に響く。初めて見るそんなアリシアに、ウォルトは正直恐れを抱いた。そして同時に彼女の感情が流れ込んで来る。
「死にます」
「一手でも間違えれば、か」
「はい」
「了解だ」
オゥラ=メトシェイラの動きが少しづつ変わり始めていた。動きの激しさは今まで通りであるが、所々で止まる。その瞬間は、強烈な攻撃が行われた直後だった。カウンターを恐れない、力を載せた一撃だ。
だが、それでもフォートラント=ヴァイは躱す。ほんの紙一重でスカす。
「ウォルト」
「ああ、やれる」
「では」
◇◇◇
「まさか、あれは何だ」
フィートが思わず呟いた。
「ああ、オゥラ=メトシェイラに合せている。反撃している」
横ではサイトウェルが唖然としたような表情を見せていた。自分ならば、最初の段階で倒されていただろう。なのに、それ以上の動きを見せるオゥラ=メトシェイラに付いて行くどころか、反撃まで見せ始めたフォートラント=ヴァイとは何なのだ。騎体か、左翼騎士なのか、それとも王か。多分、そのどれもなのだろう。だがフィヨルト大公が1対1で負けるはずがない。負けるはずがないのだ。
「どうしたその程度かぁ、フォルフィズフィーナ!」
フォートラント=ヴァイが繰り出す技は基本的に『バルトロード』だ。だがそれは洗練され、先ほどまで戦闘していた騎士団長をも上回るように見える。
そして、フミネは違和感を感じた。何だ?
「まさか、カウンターまで来るとはね!」
「凄いですわね」
「フォルテ?」
「いえ、行けますわ!」
叫ぶようなフォルテの返答が、無理に出した強気に感じられ、フミネもまた焦り始めた。
「次に掌が来たら」
「ああ、分かっている」
片や冷徹なまでに冷静なウォルトとアリシアだった。次の瞬間、わき腹に迫る掌を、こちらも掌だ受け止め、ダメージを流す。そしてそのまま握り込んだ。図らずも両騎の右掌同士が握り合う形になった。
「いける!」
「強度はこちらが上ですわ!」
オゥラ=メトシェイラの頭部に設置された核石から、膨大なソゥドが手首に回された。蒼く輝く拳が力を込める。同時にフォートラント=ヴァイの拳も赤く光る。そして、そのまま両騎は固定された。
「っ!」
「ありえませんわっ!?」
相手は王騎とは言え、凖第5世代騎なのだ。手首など飾りのはずだ。どうやって強化している?
「先ほど言わせて貰えなかった、もうひとつの答えを教えよう」
「今更っ!」
フミネのセリフは強がりでしかなかった。ウォルトは先を続ける。
「この騎体の正式の名は『フォートラント=ヴァイ・フェイズ=フィンラント』。フォルフィナファーナ・フサフキ・ファルナ・フィンラント=フィヨルト女伯爵が造りし甲殻騎だ。先ほどから、どうしてそちらの動きについていけたと思う? 俺の努力もある、アリシアの才覚もある。それと同時にこの騎体の基本性能があるのだ」
そう言って、ウォルトは掴んだ手を離した。両騎は一旦間合いを取り、対峙する。
「如何に形を人型に近づけようと、スラスターを付けたとしても、根本的な騎体性能はこちらが上だ」
「フェイズ=フィンラント……」
フォルテが呆けたように言った。確かに、良く見てみればどうだ。一見ごく普通の大型甲殻騎にゴテゴテと装飾をしただけの様に見える。だが、言われて関節部を注視して見れば。
「綺麗……」
無駄なく素材を活かし、それでいて最初からパーツを誂えた様な噛み合い方。甲殻騎の強さは美しさでもある事を、フミネは初めて知った。そしてそこでやっと気づいた。先ほどからの違和感の正体を。自然なのだ。あの甲殻騎の動きは自然すぎたのだ。
「あ、ああ……」
フォルテが動揺している。彼女は強くフォルフィナファーナを尊敬していた。最強の戦士であり、最高の騎士。それはフォルフィズフィーナの目指すそのものなのだ。それが敵として厳然と存在して、さらに現状。手が届いていない。フォルテの心は折れる一歩手前であった。
だが、フォルテにはフミネが付いている。
◇◇◇
「歯ぁ食いしばれぇ!」
振り向いたフミネが、下段からフォルテの頬を殴りつけた。通算2度目の攻撃だ。
「フミネ……。ですが、ですが」
「なにが、ですがですがだ! フォルテはですわですわだろう!!」
「そんなことありませんわ!」
「いいかフォルテ。フサフキ忘れんなぁ!」
「っ!」
「あれは強い。速い。技もある。それだけだ! だったらどうする!?」
「それ以外で勝ちますわ!」
「意気や良し!!」
フミネは光り輝くような笑みを浮かべた。それは悪い悪い笑みだった。
「じゃあなんで勝つの?」
「……知恵と意地悪と、スラスターで勝ちますわ!」
「それで良しだよ。機動で勝てばいい。それは、確実にこっちが上だよ。どれだけ跳んで、どれだけ飛んだ来たかだよ」
「あんな昨日今日の第5世代に。負けるわけがありませんわ!」
フォルテも高慢な微笑みを浮かべた。それは黒い黒い笑みだった。それでいい。それこそがフォルフィズフィーナなのだ。
「行きますわよ、フミネ。いえ、『悪役聖女フミネ・フサフキ』!」
「行くよ、フォルフィズフィーナ。いやさ、『機動悪役令嬢フォルフィズフィーナ』!!」
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