第177話 機動悪役令嬢フォルフィズフィーナ!!




「うおおおおお、らぁ!」


「うおおおお、ですわぁ!」


 フミネとフォルテが気合を入れる。ソゥドを動かすには、その心持ちが大切なのだ。同時に、蒼暗い光がオゥラ=メトシェイラの隅々まで浸透していった。それは、スラスターのみならず、纏っている服にまで及ぶ。濃紺の巨人、それが今のオゥラ=メトシェイラだった。


 それの意味するところは。


「消えるかっ!」


「9時です」


 一瞬にして、オゥラ=メトシェイラはフォートラント=ヴァイの真横に現れた。そこに合せて、最速で突き出したウォルトの槍は届かなかった。瞬間、フォルテが真後ろに軽く跳躍したからだ。胸元の目の前にある穂先を見て、フォルテが笑う。


「さあ、機動悪役令嬢の晴れ舞台。とくとご覧あそばせ!」


「そうこなくっちゃ!」



 オゥラ=メトシェイラは脱力していた。それでいて、スラスターは全開に、そして精密に動き続ける。そもそも甲殻を通じて人形のような動力系で動く甲殻騎が、今度はスラスターを中心としたマリオネットの様な動きに転じていた。


「奇怪なっ!」


「危険です。動揺しないで」


 ウォルトの苛立ちに、アリシアは警戒を促した。アレは危険だ。フォートラント=ヴァイが完成された甲殻騎とするならば、オゥラ=メトシェイラは逸脱した存在になっている。第6世代とかそういう問題ではない。



 どん。



 フォートラント=ヴァイの右肩に衝撃が走った。4回軌道をうねらせた、オゥラ=メトシェイラの掌が軽く到達したのだ。この戦いに置いて、どちらかに初めて打撃が入った瞬間だ。だが、余りにも浅い。


「ここっ!」


 フミネの声が、フォルテをいざなった。軽くても今は構わない。とにかく打撃を、だ。腰の入っていない、只の右フック、続けて左ストレートが繰り出され、それは全て相手にヒットした。それでもウォルトとアリシアは姿勢を変えるだけの最小限の動きで衝撃を逃がす。超クロスレンジの攻防から、再びオゥラ=メトシェイラは距離を取った。



「何故、フサフキではない?」


「さて、どうでしょう?」


 フォルテの余裕がウォルトの鼻につく。


「ウォルト。相手を怒らせるのもフサフキです」


「分かってるじゃない」


 アリシアの冷静な忠告に、フミネがツッコミを入れる。いや、本当に良く分かってらっしゃる。


「そして、先ほどの軽い打撃もフサフキ」


「アリシア、どういう事だ?」


「全ては最後の一撃の為に。それがフサフキです」


 アリシアが断言した。彼女とて学院でフォルテとやりあって、フサフキが何かはある程度分かっている。ちょっと理解しすぎではあるが。


「凄いね。天才っていうのは本当にいるんだ」


「フォートラントには惜しい存在ですわ」


「……貴様ら」


 さらにフミネとフォルテが煽る。ウォルトはどうしても苛立ちを隠せなくなってきた。当然それも狙いであるが、本命は先ほどの軽い打撃であった。



 ◇◇◇



「大分整って来たね」


「ですわね!」


 その後もオゥラ=メトシェイラは、飛び込んでは様々な打撃を繰り返しながら、少しづつ寄せていく。フォートラント=ヴァイも鋭い槍を繰り出しては、相手に少しづつ傷を与えていった。


 一見すれば一進一退の攻防に見えるかもしれない。片方が飛び込み、片方がそれに反撃する、そんなやり取りだ。だが、事は着々と進行していた。そうしている内に、ついにフミネとフォルテが声を上げ始めた。


「スラスターは筋肉!」


「スラスターは筋肉ですわ!」


「スラスターは身体の一部!」


「スラスターは身体の一部ですわ!」


 フミネ謹製、聖女式ソゥド習得法である。


「馬鹿にしているのかあ!!」


 ウォルトの怒声が響くが、それは誰にも届かなかった。


「そうか……。スラスターは筋肉、スラスターは身体の一部。なるほど」


 アリシアまでもがこの有様であった。王の威厳は消え失せた。



「どういうことだアリシア。……まさかっ!」


「はい。あちらは訓練しています」


「俺たちは練習相手だと言うのかっ!」


「ならばこちらも成長するまでです」


 恐るべき冷静なアリシアの一言が、ウォルトに襲い掛かった。この極限状況で訓練? 一歩間違えば死につながる状況で練習!? 狂人どもが!


「来ます」


 ウォルトは、アリシアにさえ恐れを抱き始めていた。だが同時に思う。自分もこの世界に飛び込まなくては、到達出来ないのかと。



 ◇◇◇



 だがアリシアが幾ら天才だとして、気付けない事もある。彼女が看破した事実はフサフキの表層に過ぎなかった。術理までには至っていない。それが大きな差に繋がった。


「整いましたわ!」


「よっしゃあ!」


 それはある意味、決着の言葉であった。フミネは思い出す。鉄山靠を見せたあの日、フォルテはひたすらそれを繰り返し、『フォル・ザンコー』に昇華せしめた。確かにアリシアは天才だ。しかも努力する天才だ。単純な左翼騎士としては、フミネより上を行くかもしれない。


「だけど、こっちの右騎士も、天才なんだよね」


 そう。フォルテもまた努力を惜しまない天才だった。この世界に来て以来、楽しくおちゃらけながらも、フミネもフォルテも努力を続けてきた。


「だから、負けるはずがない!!」



「ふぅーっ。ウォルト、どうします?」


 そこにいたのはいつもの表情の、柔らかく可憐なアリシアだった。


「どう?」


「ここで勝っても負けても、戦争は負けです。それでもやりますか?」


「……やるさ。ここで意地を見せられないで、何の騎士か」


「じゃあ、わたしもお手伝いします」


「手伝いなどと言うな。一緒にアレを倒すのだ」


「ふふっ、そうですね。分かりました」


 キラキラとお日様の様な笑顔を見せて、アリシアが同意した。ウォルトは思う。自分は何処かで間違った。だからその代わりに得たものを大切にするだけだ。



 ◇◇◇



 ウォルトが前を向き直ったのを確認してから、アリシアの表情は一変した。目を血走らせ、鼻から一筋の血が流れだした。極限の集中状態でもって、相手の動きを見切る。戦っている4人の中で、どうしてもウォルトは一段落ちる。見切り動作など本来は右騎士の役割なのだが、それでもアリシアはやる。それが自分だからだ。夫に、主に勝利をもたらすために。


「うおぉぉぉ!」


「行きますわあぁぁ!」


 ついに、オゥラ=メトシェイラが必殺の突撃をかけた。それは稲妻のごとき無軌道で鋭角的な突進だった。あっという間にフォートラント=ヴァイの目の前に迫る。


「おおおお!」


「おおぅらあああ!!」


 ウォルトとアリシアの叫びが揃い、右手の槍が繰り出された。これまでよりも、鋭く速く。穂先がオゥラ=メトシェイラの左肘を捉えた。肘から先が宙を舞う。


 だが、フォルテもフミネの慌てない。その場で半回転し、右手で器用に空中に浮かぶ右肘の甲殻腱を握り込み、そのまま振り回した。まるでフレイルの様に振り回された元肘は、フォートラント=ヴァイの左腕によってガードされたが、その両方は砕け散った。これで、腕一本づつ。


『てんいむい!!』


 そして、フォルテとフミネの口から、必勝の言葉が発せられた。

 


 正面至近距離で対峙した2騎が、行動を開始する。ウォルトは右手の槍を横薙ぎにしようとした。だがその瞬間、信じられない事態が起きる。オゥラ=メトシェイラの両目が眩むほどの明るさで輝いたのだ。ウォルトとアリシアの視界が閉ざされた。


「ロボットの両目は光るモノぉ!!」


「ですわ!!」


 使う機会があって、めっちゃアガっているフミネの声が響く。


 そんな中であっても、アリシアは冷静さを失わなかった。まだ、耳が残っている。さらにキャノピーを脚で蹴り飛ばし、引っぺがした。これで風の流れも読める。そして捉えた。風の流れと共に、衣擦れの音が左にいる。腕の無い方を狙ってきた。


「10時です!!」


「おう!」


 アリシアの声に合せて、ウォルトは槍を回転させて左脇側に突き出した。


「手ごたえが無い!?」


 ウォルトとアリシアの目が見えていたならば、驚愕したことだろう。確かに槍は捉えていたのだ。だがそれは、オゥラ=メトシェイラが纏っていた服のみであった。



「服はパージするもの!!」


「だそうですわ!!」


 後方から、フミネの勝ち誇る声が聞こえる。もうなんでもアリだった。


「ふっざけるなああ!!」


 ついにアリシアまでもがブチ切れた。限界を超えた集中で、血涙を流し、鼻血を滴らせながらスラスターを活用して騎体を超信地旋回させる。その意気のまま、穂先を声のした方に思い切り突き出した。



 がつん!



 信じられないことに、手ごたえがあった。ウォルトはそのまま槍をこじり入れようとする。が、動かない。ここでやっと二人に視界が戻って来た。そして我が目を疑った。


 槍はオゥラ=メトシェイラに止められていた。噛み止められていた。ばっくりと開いた顎が穂先に噛みついていた。


「ふはまへまひたわ」


「何時から口が無いと思っていた!?」


 そしてついに、オゥラ=メトシェイラの口が穂先をかみ砕いた。


 ああ、もう間に合わない。槍を引き戻せない。手放しても突き出した右腕は死に体だ。アリシアは絶望し、そのまま前席にいるウォルトに覆いかぶさった。せめて、身体一枚だけでも。



 ゴウと音を立てて、オゥラ=メトシェイラの右腕が、フォートラント=ヴァイの操縦席に突き立てられた。


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