第175話 女大公の右羽
「あははっ! どぅひっ! あひゃははは!」
この状況に置いてこのような笑い声を響かせるものなど、一人しかいない。フォートラント国王妃にして最強の左翼騎士、アリシア・フィッツ・ランドール=サラストリア=フォートランだけだ。だが、戦っていもいない内からコレなのはどうなのだろう。
「ふひっ、戦いは既に始まっていますし、ふはっふははっ、見ただけで、どぅふっ、一目瞭然じゃあないですか」
「ふっ、ふははっ! それほどかあ!」
アリシアの精神状態がウォルトにまで伝播し、例によってヤバいモードに入ってしまった。
「あらあら、楽しそうでなによりですわ」
「やだなあ、やっぱりそうなるんだ。ヒロインとしてどうなんだろう」
「陛下、ここはお任せを!」
騎士団長とクエスリンクを始め、近衛たちが前に出る。20騎がフィヨルトを阻んだ。
「閣下、任せてもらうよ」
クーントルトの声と共に、騎士団長たちとアーテンヴァーニュ、ファインとフォルンが出る。その数10騎だ。彼らは2倍の敵にも、全く臆するところは無い。
「やっておしまい!」
「フミネ!?」
「あ、いや言ってみたかっただけ。悪役だし」
フミネがまたベタな事を言った。ところが、それに乗せられる者がいた。オゥラ=メトシェイラとフォートラント=ヴァイを除く全員だ。状況は主役同士の戦闘ではなく、取り巻きから始まった。
◇◇◇
「合せな、フィート!」
「了解っ!」
軍務卿クーントルトと第1騎士団長フィートは、中央左側にいた4騎をいっぺんに相手どった。元々第1騎士団出身のクーントルトだ。呼吸は完璧に同調した。敵の眼前で左右に弾けた2騎は勢いのまま、脇の2騎を殴りつけ、その反動を使って中央2騎を、その背中同士で挟み込むように押さえつけた。フィヨルト風に言えば「テツ・ザンコー」。崩れ落ちる敵に目もくれず、再び脇の甲殻騎に迫り、それぞれを打倒した。この間、10秒足らず。
フィヨルト最強の甲殻騎ペアは、その力を遺憾なく発揮した。
「オレストラ!」
「おうっ!」
第2騎士団長サイトウェルと第5騎士団長オレストラは、中央右側の4騎に狙いを付けた。元々ライド派で仲の良い二人は、堅実で防御に長ける戦闘を得意とする。それ故、戦闘は長引く。それでも丁寧に1騎づつ落としていく。それが二人の戦闘だった。
「おうるあぁぁ!!」
第3騎士団長アーバントは、実に荒っぽい戦闘を好む。以前、クローディア郊外での戦いでも、部下を置き去りにして吶喊していたくらいだ。騎士団長をしていて良いのかという話もあるが、まあ強さだけは本物だった。強さだけは。よって1分であった。
「心も体もブチのめす!」
第4騎士団長リリースラーンはアーバントと並び、特級戦士である。だが性格は比較的温厚であった。過去形である。先の北方戦線において作戦通りであったとは言え、多数の部下を喪ったのだ。今回が最後の戦いとなるだろう。ならばどうするか。殺しはしないさ。大恥をかいて心を折って貴国するがいい。というわけで、10分に渡りいたぶられた2騎は、両手両脚を喪っていた。
「閣下の槍として!」
第6騎士団長ラースローラは、バリバリのフォルテ派である。ちょっとヤバい時もある武士系キャラという、わりかし盛った性格を持っていた。しかし、足しげく近隣のロンド村に通ったためもあり、第5世代騎への順応という意味では、中々の力を誇っていた。五月雨のような彼女の槍の前に、3分程で2騎が沈んだ。
「そいやぁ!」
第7騎士団長リッドヴァルトは、遊撃を旨とする第7騎士団を象徴するような存在だった。甲殻獣を狩るという意味に置いて、彼はフィヨルトでもトップクラスの技術を持っている。それだけに、彼の戦闘は狩りそのものだった。敵が迫るのを待ち、躱して、横合いから刺す。そんな戦闘に第5世代は完全にフィットしていた。たった2撃で敵はいなくなった。
◇◇◇
「これほどなのか。フィヨルトとは、これほどなのか」
「……出ます!」
「待て、クエスリンク!」
騎士団長ビームラインは、あんまりな光景に動揺を隠せなかった。それ故に息子を推し留めるとが出来ず、更には目の前に本来ならば未来の義娘を迎え入れてしまっていた。
「行きます!」
相手が相手だけに、アーテンヴァーニュは珍しく敬語を使った。将来の義父であったということ、槍術『バルトロード』の師であったことが、彼女にそうさせたのだ。
「来るがいい!」
流石にこの状況になれば、受けざるを得ない。主が後ろにいるのだ。通すわけにはいかないのだ。
「軌道が違う!?」
初撃を受け流した騎士団長は驚きを隠せなかった。速さだけではない。槍が伸びる。軌道が読みにくい。これはバルトロードではない?
「なんだ、その技は!?」
「サイゾゥ。わたしはフィヨルト第8騎士団所属の特攻隊長! アーテンヴァーニュ・ササノ・サイゾゥ! 技の名は『サイゾゥ』!!」
「家と技すら捨てたかあ!」
「捨てたのはそっちの方!」
口喧嘩と同時進行で、激しい攻防は続いていた。だが切っ掛けは存在する。
「引き戻しが温い!」
「なんだとぉ!?」
「フォルテの突きはこんなもんじゃない!」
普段から、敵わないのを分かっていながら、それでも挑み続けた。それがアーテンヴァーニュだ。
「ヒューレン!」
「分かってます!」
アーテンヴァーニュが後ろのヒューレンに声をかける。ヒューレンは、アーテンバーニュにひたすら合わせるタイプの左翼騎士だ。彼は彼女の想いをそのまま甲殻騎に流し込む。
決着はあっけない物だった。騎士団長ビームラインの駆る甲殻騎の腕が、アーテンヴァーニュの持つ穂先に絡め捕られるように折り取られていた。そこから更に槍は伸び、相手の核石を砕いたところで勝負は付いた。
「ふぅーっ」
深く息を吐き出す。最後の数十秒を無呼吸で過ごしたアーテンヴァーニュは、ゆっくりと勝利を噛みしめていた。
◇◇◇
「とりゃー!」
「そりゃーですわ!」
少年少女の元気な声が響く。もちろんファインとフォルンであった。対峙するのは騎士団長令息、クエスリンクである。
「……速いっ」
ファインとフォルンの操る『クマァ=ベアァ』は素手だ。と言っても手首は無い。だが同時に槍を持ってもいない。二人は時代のフサフキとなるべく研鑽を積んで来た。故に槍など不要。さらに言えば、二人の相棒たるフェン、フェンリルトファング・ファノト・フィンラントとじゃれている内に、その動体視力はとんでもないことになっていた。
狼のごとく揺れる様に、のたうつような低い体勢から、技が繰り出される。名前と大違いの動きだった。そんな『クマァ=ベアァ』は、何時しかクエスリンクの背後に回り込むことに成功していた。終わりだった。
「テツ・ザンコー!!」
クエスリンクの乗る甲殻騎は背後から背中を叩きつけられ、背部の甲殻を粉々にされて、そのまま崩れ落ちた。
◇◇◇
「ははっ。やってくれる!」
「本当です。ふひっ、誰も殺してない。あはっ! 凄い!」
近衛を含めた20騎に乗る騎士40名は、誰一人死亡することなく、無力化されていた。
後に、女大公フォルフィズフィーナの右羽は16枚と呼ばれる面々は、全員が勝利を納め、その力を世界に見せつけた。
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