第172話 作戦名グングニル





 フォートラント軍は、遂にクローディア要塞に辿り着いた。


 フィヨルトによるこれまでの散発的奇襲は、クローディアに近づくについて頻度が増し、まるで必死になって進軍を遅らせているように感じられた。それは何処までが真実で、何処からが欺瞞なのか。


 落とし穴のような塹壕を利用して、歩兵が甲殻騎の足元に甲殻腱を巻き付ける、等という戦法すら使ってきた。甲殻騎をただひたすら押し出すフォートラントと、様々な手法で少しでも敵の数を減らそうというフィヨルトの戦いは、いよいよ最終局面を迎えようとしていた。



「流石に手強いな」


「城壁を上手く利用しています。訓練されているのでしょう」


 ウォルトの呟きに、ガートラインが感想を添えた。そう言わせるほどに、フィヨルトは上手い。第5世代甲殻騎の特徴たる跳躍を活かし、城壁から地面へと交互に入れ替えながら戦闘を繰り返していた。


「だが、このままなら我々の勝ちだ」


「そうです。つまり、何かをやってくる可能性があります」


「想像できるか?」


「空から……、くらいでしょうか」


 フォートラントはこうして攻城戦をしながらも、常に空を警戒していた。かつて第4連隊がこの地で壊滅され、司令部を直接襲われた。空からの急襲だった。もしそれを大規模にやろうとしていたならば。


「受け止め、囲み、潰す。でしょうな」


 騎士団長ビームラインが回答を述べた。それ故に城の完全包囲は出来ない。甲殻騎にある程度の密度が必要なのだ。


「日が落ちるか……。夜戦は不利だな。夜襲に備えろ。どこから来るか分からない以上、全てに対応する必要がある」


「畏まりました」


 そうして、クローディア攻城戦は1日目を終えようとしていた。



 ◇◇◇



「良い感じですわ。一体感がありますわ」


「うん。こうも変わるんだ。ちょっと想像してなかった」


 フォルテとフミネがやっているのは、オゥラ=メトシェイラ改修型の最終動作チェックだ。


「そろそろ夜明け前、作戦時間ですわ」


「みんな、大丈夫かな」


「大丈夫ですわ。フィヨルトの戦士たちを信じるだけですわ」


「お義父さんとお義母さんに悪いコトしたかな」


「もう一度、フィヨルトのために戦うのですわ。むしろ喜んでくれるはずですわ」


「そっか、そうだね」


 二人の登場はもう少し後になる。



「ほらほら、グズグズしないで乗り込みな!」


 そう言って飛空艇乗員を急かすのは、アイリス・ロート艇長改め艇団長であった。本来操船に必要な乗員に加えて、ソゥド供給要員が次々と『フォルタファンヴァード・フィヨルト』、『メリアスシーナ・フィヨルト』そして『デリドリアス・フィヨルト』に乗り込んでいく。フィヨルトの誇る大型飛空艇3隻である。


「準備完了しました!」


「良し! 行ってきな。健闘を祈るよ!」


「了解! 全艇静音浮上」


 3隻の大型飛空艇はスラスターを最小限に、静かに浮上を始める。夜のこの行動を遠距離から視認することは、ほぼ不可能だ。さらにここからは光信号すら使わない。3隻がそれぞれ、独自判断で行動することになる。



「グングニル、神様の槍……。みんな、ご無事で」


 指令室に籠るケットリンテは黒い空を見上げた。



 ◇◇◇



 空を行く3隻はバラバラの軌道で空を行き、それぞれフォートラント陣地の左右と後ろに回り込んだ。十分な高度を取り、さらに空色だった外装は、全て濃灰色に塗り替えられ、夜の空に溶け飛んでいた。それはフィヨルトの色、戦士の色だ。


「作戦行動グングニル、開始!」


 敵軍の背後に迫る、夫の名を冠した『デリドリアス・フィヨルト』に乗るスーシィア・ディア・ゴールトン艇長が叫んだ。


「急速降下! 丁寧にお願い!」


「了解ぃ!」


 高速で高度を落としながら『デリドリアス・フィヨルト』は、体勢をほぼ水平飛行へと切り替えた。その高度、実に20メートル。墜落寸前での見事な操船だった。降下速度を航行速度へと変換した飛空艇は凄まじい速度で敵陣に突入した。飛空艇の『上部』では3騎の甲殻騎が降り落されない様、必死に取っ手を握っている。


「敵陣まで300!」


 観測手が大声で叫ぶ。


「総員ソゥド全開! 船体降下!」


 飛空艇は甲殻獣の甲殻でその船体を覆われた、硬式気球をスラスターで動かしている。そこに必要人員以上の人間がソゥドを流し込めば、それは甲殻騎と同じ硬度を持つことになる。そして重量と現在の速度は言うまでもない。



 今、事実上の超大型甲殻騎が敵陣に滑り降りた。



 ◇◇◇



「なんだぁ! 何が起きた!?」


 フォートラント陣営は大騒ぎになった。なにせ、彼らが想像はしていても、現物を見たことも無いそのものが滑り落ちてきたのだから。しかもそれはソゥドを帯び、待機姿勢の甲殻騎を砕きながら、陣地を抉り取りつつ滑っていく。


「総員! 手を離さないで! 誰も死んではいけません!」


 滑り続ける船体の中で、それでもスーシィアは声を上げた。如何に拘束具を付けていたとしてもこの振動だ。手を離せばどうなるか。誰も死んでほしくはない。だけど犠牲は出るだろう。そんなギリギリを攻めた戦法だった。そしてその行為は、確実に戦果を挙げた。


「あなた、お願い!」


 夫の名を持つ飛空艇は、はたして妻の願いに応えたのだろうか、フォートラント参謀部を破砕し、数100メートルを突き進み、そして停止した。



「クーントルト! 行ってください!」


「ああ、後は任せて!」


 大地に眠る『デリドリアス・フィヨルト』から飛び立ったのは、第1騎士団の3騎。その内1騎はクーントルトであった。彼女は大混乱を起こしている敵陣に飛び込んでいった。


「総員退避。重傷者は抱えてあげて!」


「了解!」


 大破着底した飛空艇から続々と船員が降り、最寄の地下通路を使って退避を行った。当然甲殻騎では追う事が出来ない。そして、フォートラントの誰もがそれどころではなかった。



 僚艇『フォルタファンヴァード・フィヨルト』は敵陣左側から、『メリアスシーナ・フィヨルト』は右側から、時間差を付けて斜めに交差するように、同じく着底した。こちらはクローディア城壁まで突き進み、そこで止まった。同じく乗員が退避し、上部からは3騎づつの甲殻騎が戦場に向かう、その中には第1騎士団長フィートの姿もあった。


 合計9騎の甲殻騎が大混乱の戦場に放たれたのだ。



「何なんだ、これは。何なのだ!」


 フォートラント=ヴァイに乗ったウォルトとアリシアは、唖然としながら陣地を見ていた。戦場故にという理由で甲殻騎の中で休んでいたからこそ、避けられた。それは近くに居る、騎士団長やクエスリンクも同様だった。


「こんな、こんな事をするなんて」


 アリシアは涙を流しながらつぶやく。こんな事はあってはいけない。どれだけ敵味方の命が、この短時間で失われたのか、想像すら出来ない。



 ◇◇◇



 フォートラント王国軍、甲殻騎約150騎大破、約70騎中破。戦死者は200名を超えた。夜襲を恐れ、陣地を密集させていたことが、この結果につながった。フィヨルト側は死者34名、重傷者65名。大型飛空艇3隻を喪失。



 これが神様の槍、グングニル作戦の結果だった。


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