第173話 終わる戦場





「あ、ああ、あああ」


 何とか残骸から抜け出したガートラインが見たものは、あってはいけない光景だった。あちこちにバラバラになった甲殻騎だったものが転がっている。多くの人間もだ。血を流し、生きているのかどうかも分からない。ガートライン自身も頭から血を流し、それが視界を覆っていた。


「誰が、こんな事を思いつく」


 フィヨルトらしい野蛮なやり方だ。だがそこに至るまでの理屈は、計算に基づいている。そもそも今回の戦争は何だ。圧倒的数的不利でありながら、フィヨルトは様々で適切な戦闘を繰り返してきた。常識外れの、だがそれは甲殻獣狩りを応用したものではない。こんな事を思いつくのは。


「ケ、ケッテ、なのか?」


 彼は、口数の少ない大人しい、元婚約者を思い出した。



 ケットリンテは指令室の窓から、その光景を見ていた。丁度日も昇り切り、光に照らされたそこには、残酷な結果が晒されていた。ケットリンテが作った光景だ。ぎゅっと目をつむり、右頬の傷跡をさする。


「勝たなきゃ。フォルテ、フミネ、みんな」


 彼女に出来ることは、もう残り少なかった。


「ではみなさん、最後の大仕事です。相手の指揮系統は断ち切られました。それに対してこちらは万全。勝ちますよ」


「はい!」


 参謀部と情報部のメンバーが気合を入れる。



 ◇◇◇



「さあ、あたしたちの出番だぞ! 気合いれろ!」


「おう!」


 アイリス・ロート艇団長が声を張り上げる。先に逝った3隻に代わり、これから甲殻騎空挺を行うのは『アインスラーニュ』、『ツヴァイパッカーニャ』、そして『ドライファイトン』だ。敵の正面と左右には、クローディアから直接甲殻騎たちが出撃する。飛空艇の役割は後方への輸送だ。


「さあさあ、指示された場所に、指定時間にお届けだ」


 もはや隠す必要すらないため、高空を飛ぶ必要はなかった。そのため甲殻騎は簡易拘束のみを行い、現地で落とすように空挺を行うことになる。一度の配達で9騎。それを何回転させるかは参謀部の判断次第だ。


「指示来ました。第7の1です!」


「了解したよ!」


 そうして、第7騎士団第1中隊が、敵後背部を目指し飛空艇にて出撃した。



「第1の1、撤退。再度、出撃指示あるまで休息」


「第3の2の1、32へ。第3の2の2、33へ」


 参謀部からは小隊単位に対し、次々と指示が飛ばされたいた。それに従い各小隊はグリッド単位にマッピングされた地点を目指す。そこにいた敵はあっさりと前後を挟まれ、そして砕かれた。



「次だ! 指示は?」


「51です!」


「良し。行くぞ!」


 第6騎士団長ラースローラは、参謀部からのあまりに適切な指示に舌を巻いていた。指定された場所に到達してみれば、背を向けた敵がキチンといるのだ。


「何だか、敵に申し訳ないな」


「たまには楽をさせてもらいましょうよ」


「閣下の訓練が受けたいな」


「団長……」


 フォルテが大好きなラースローラであった。



 そうして、グングニル時には2倍強の戦力差であった状況は、完全にフィヨルトに傾いた。


「最後だね。第8騎士団に出撃要請」


「了解しました。……ケットリンテ様」


「なに?」


「ここはもう大丈夫です。お見送りに行ってください」


「えっ、……ありがとう」


 ケットリンテは指令室を飛び出した。



 ◇◇◇



「ケッテ、来てくださいましたのね」


「フォルテ、フミネ」


「大丈夫だよ。ドカンってやっつけてくるから」


 格納庫に駆け込んできたケットリンテを出迎えたフォルトとフミネは、朗らかに笑っていた。これから最後の戦いに赴くというのに、緊張感は感じない。絶対の自信があるからではない。お互いを信頼しているから、二人だから大丈夫なのだ。いや、もっとだ。二人を囲む人々がいるから怖くはないのだ。



「凄いね、オゥラ=メトシェイラ」


「格好良いでしょう」


「格好良いですわ」


 ケットリンテは『アインスラーニュ』の傍に膝をつくオゥラ=メトシェイラを見て言った。さて、どこがどう格好良くなったのか。


「ほらほら、指示が来たよ。とっとと行ってきな!」


 パッカーニャが背中を押すように声をかけて来た。


「精々暴れてくるといいさあ。楽しみにしてるよ」


「任されました」


「お任せですわ!」



「姉さん」


「フォルテ様、フミネ様、ファイン、フォルン。無理しないでくださいね」


 今回、ライドとシャラクトーンは留守番だ。最終目標が目標だけに、もしもがあってはいけない。よって最後の戦いに選ばれたのは、第1騎士団長から第7騎士団長、軍務卿クーントルト、アーテンヴァーニュとヒューレン、ファインとフォルン、そしてフミネとフォルテ。フィヨルトの誇るベストイレブンだ。クロードラント組は第5世代を持っていないので、残念ながら……。


「さあさあご乗船の皆様、さっさと搭乗してくださいよ」


 アイリス・ロート艇団長が乗船を促した。


「さって、いくかあ」


「みなさん、行きますわよ!」


 ここにいるのは第8騎士団の3騎と第1騎士団からフィート、そしてクーントルトだけだ。それ以外の騎士団長組は現地集合である。


 3隻の飛空艇に乗った5騎が出撃した。



 ◇◇◇



「団長、指示です。7の頭、74へ、だそうですよ」


「来たか!」


「閣下のお召です。格好良く決めてくださいよ!」


「任せておけ!!」


 第7騎士団長リッドヴァルトは、指定地点に向けて跳躍を開始した。


 そして、サイトウェルが、アーバントが、リリースラーン、オレストラそしてラースローラが、同じく地点74を目指す。



「これはっ」


「……いけませんな」


 ウォルトが見ている光景は、信じがたいものだった。倍の数を持っていた自軍が、バラバラに切り崩されていた。如何にこちらの指揮系統が混乱していようとも、どれだけ相手の指揮が優れていようとも。


「ここまで差が出るものなのか」


 どこか第三者的な感想を言う事しかできない。まさか、負ける? 2度の戦いで8個連隊と近衛まで投じて、敗北する?


「陛下、妙です」


「クエスリンク、どうした?」


「前が、開けています」


 そう、気が付けば、戦場は左右に分断され、ウォルトたちの一団からは城が丸見えの状態になっていた。勿論向こう側からもそうだろう。今、近辺にいるのは近衛を始め騎士団長とクエスリンクとウォルト、アリシアで20騎ほど。だが、相手も全力出撃しているはずだ。


「陛下、お逃げ下さい!」


 よろよろと徒歩で現れたのは、ガートラインだった。


「第8騎士団が、フォルフィズフィーナが戦場にいません!」


「何っ!?」


 あのフォルフィズフィーナがいない? 戦場を真っ先に駆け抜けるはずの彼女が。


「ウォルト、前を!」


 二人きりでもないのに、思わずアリシアは叫んでしまった。戦場からバラバラに、それでも真っすぐこちらに向けて、フィヨルトの甲殻騎が向かっていたのだ。その数6騎。



 しかしその6騎はそのまま攻め込んでは来なかった。100メートル程手前で止まり、左右に列を作るように分かれたのだ。右に3騎、左に3騎。


「何をっ?」


「来ます!」


 ウォルトの疑問に、アリシアが鋭く答える。正面の空に3隻の飛空艇が現れた。


「何かが、乗っている?」


 飛空艇の『上』には、先頭に1騎、左右に従う艇には2騎づつ、甲殻騎が立っていた。まるっきりあり得ない運用だが、格好良いからという理由だけでそれは採用された。



 まずは、フィートとクーントルトが跳び、左右の列の先頭に降り立つ。そしてそのまま8騎が、一斉に膝を付いた。さらに飛び降りたのは、ファインとフォルン、アーテンヴァーニュの2騎だ。最後に、オゥラ=メトシェイラがフォルテとフミネが静かに着地した。


 膝を付いた甲殻騎の列の間を、オゥラ=メトシェイラが悠然と、そして泰然と歩く。『ウォーカミ』と『クマァ=ベアァ』が従者のように後ろを歩く。それはまるで、女王の行進であった。



「お待たせいたしましたわ。陛下」


 穏やかな声で、フォルテが言った。


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