第171話 手負いの獣
「さて、これからどうするか、ですわね」
2日をかけて、フィヨルト軍は全て、クローディアまでの撤退を完了していた。ここは、城内にある大会議室である。全ての騎士団長と副団長、参謀部、情報部、工廠、飛空艇艇長、外務関係者などが集められていた。今後の方針を決定する大会議だ。
「とりあえずは情報からですわね」
ここの所とにかく情報から、というスタイルがすっかり身に付いたフィヨルトの面々だ。全員が力強く頷いた。
「敵、フォートラントの状況です」
情報部長、エィリアが発言を始めた。
「本日、南方より第10連隊、さらに北方より第5連隊残党が到着しました。1時間前の情報です」
あっさり1時間前と言い切るあたりが凄まじい。これが今のフィヨルトだ。
「敵甲殻騎士は、中型423、大型262騎が確認されました。その内、凖第5世代相当はおよそ150騎。全て大型です」
「700か……」
思わずライドが呟く。
「さてこちらの戦力だね。こっちは残存193騎。内ジム・スレイヤーは137、フル・スレイヤー17だよ」
クーントルトがサクサクと言葉を並べた。『フル・スレイヤー』とは別名フルスラスターとも呼ばれる、要はオゥラ=メトシェイラと同格の甲殻騎である。
「予備騎は全部ジム・スレイヤーで21騎だよ。眠いねぇ」
工廠長パッカーニャが言った。戦争開始直前から、本当に24時間体制で組み上げを行っていたのだ。
「今は、中破騎体の修理をやってるよ。24時間くれれば、そうさね、後15騎はなんとかなると思うよ」
「ご苦労様ですわ。申し訳ありませんが、引き続きお願いいたしますわ。後、オゥラ=メトシェイラの改修は?」
「そっちは終わったよ。面白いねえ、アレは」
フォルテの確認に対し、パッカーニャは本当に面白そうに答えた。
「ありがとうございます」
そんな笑顔に、フミネも思わずにっこりとお礼をしてしまう。
「クーントルト。予備騎の編入は任せますわ」
「了解だよ」
つまり220対700という勘定が出来上がったわけだ。戦力差3倍強。戦前より状況は悪化していた。ただし第5世代だけで言えば、敵は40程数を減らしている。フォルテとフミネ、アーテンヴァーニュたちの大暴れが大きい。
「ではこれを踏まえてですわね。ケットリンテ」
「はい。状況は想定4の2です。フォートラントが動かせうる最大戦力を持ち込んで来た場合を、想定したものです」
そんな事まで想定していたのかよ、という面々であった。そして、想定している以上、打開策も。そんなものあるのか、本当に?
「お互いの騎体性能は見えたと思います。各騎士も、敵第4世代、凖第5世代の動きは体感して、把握できたはずです。ここからが本当の戦争です」
ケットリンテの言葉はここまでは訓練で、ここからが本当の実戦だと言っているようなものだった。一部の人間が顔をしかめる。
「気に障るかもしれないけれど、事実ですわ。悲しむのは後で幾らでもできますわよ」
「閣下、ありがとうございます。そして皆さん、ごめんなさい」
フォルテのフォローにケットリンテが感謝を示した。どうにもこういうところがケットリンテの苦手分野なのだ。せめてしっかりと謝ろうとした。
「作戦としてはとりあえず、要塞とその周りの塹壕を利用した防御的持久戦です。機動防御も平行して行います。そして機会を見計らって、例の作戦を決行します」
そこから先は皆にも理解出来ていた。それがどういう作戦で、どういう意味を持つのか。何度も訓練も積んで来たのだ。
「フミネ、作戦名をお願いいたしますわ」
「グングニル」
すっかり命名担当官になってしまったフミネが応えた。一応考えておいたのだ。
「それはニホン語でどういう意味ですの?」
「神様の槍、だよ」
「人の身をして神の技を為す。格好良いですわね」
「フォルテこそ、格好良いこと言うねえ」
二人のやり取りは実に楽しそうだった。それにつられて各人の目が輝き始める。後はやってやるだけだ。
◇◇◇
「どうせ敵には、こちらの数が丸見えだ」
フォートラントの作戦陣幕で、国王ウォルトが言った。
「という事は、そのまま数で押し切るということでしょうか」
ウォルトの意を汲んだガートラインが発言する。数を掴まれているならば、力圧しをすれば良いという考え方だ。間違ってはいない。
「どう思う? 騎士団長」
「はっ! 確かに戦力はこちらが遥かに上回っているでしょう。ですが、これが最後の戦力でもあります」
第1連隊と共にやって来た騎士団長、ビームライン・ジェルド・バルトロード伯爵が微妙に釘を刺した。
「心の内を開陳せよ」
「敵が決戦に乗って来るかどうかです。これまでの報告は確認いたしました。クローディアに籠りながらも意想外の奇襲があり得ます。もしくは我々の想像も出来ないような」
「想像出来ないものを、どう想定するのか?」
「……申し訳ございません」
「良い、気持ちは分かる」
これまでのフィヨルトは意想外の手を打って来た。強引でありながらも緻密な戦闘だった。その正体はほぼ割れている。情報と機動だ。だが、どうやってそれを実現しているかが分からない。彼らは、裏で糸を紡ぎ、編んでいるのがケットリンテであるということを知らない。
「はっ。ですが最後にひとつ、陛下の御身にございます。敵の目標であることは、間違いありません」
「引けと申すか? どこに引けと」
「中央後方にて本陣を組まれてはいかがでしょう」
「……分かった。問題は空だな」
前後左右からの攻撃に対し、安全な場所。そういう意味であった。しかもさらに、ウォルトは空からの攻撃すら想定するようになっていた。
「近衛に甲殻盾を装備させましょう」
「まあ、それくらいか。敵の奇策を警戒しつつ前進して圧力をかける。詳細は参謀部に任せる」
「はっ!!」
◇◇◇
翌日、フォートラント軍は行軍を開始した。
それに対し行われたのは、フィヨルトの散発的な攻撃だった。正面からは来ない。左右から削る様な攻撃に、フォートラントは少しづつ甲殻騎を失っていくが、それでも損害は20騎にも満たない。まるで時間稼ぎのような攻撃だった。
「この期に及んで時間稼ぎなのか?」
「甲殻騎を修復しているのかもしれませんね」
ウォルトの疑問にガートラインが推測を述べた。それは半分正解だった。確かに今も吶喊体制で甲殻騎の修理が行われている。だがもう半分は、時間稼ぎをしているように感じさせ疑心暗鬼を誘うという、これまた地味な嫌がらせだった。
出来ることは全部やる。それが今のフィヨルトだ。フォートラントは獣に傷を負わせ、追い詰めた。そんな猛獣がどう出るか。答えはひとつだ。
身を潜ませ、傷を少しでも癒し、相手の隙を伺い、一気に首に噛みつくのだ。それこそが甲殻獣と闘争を繰り広げてきたフィヨルトの考えであり、それが出来るのがフィヨルトなのだ。
「数を揃えた勝った気にになっているようでは、話になりませんわ。わたくしたちはフィヨルト。手負いの獣は怖いですわよ」
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