第161話 総員、凖戦時体制へ移行せよ!
「さて、感想は如何だったでしょう。これが『傷跡の悪役参謀令嬢』、ケットリンテの戦争ですわ。みなさんはどう思われます?」
フォルテがパンパンと手を叩き、周囲を見つめる。それに対し、何かを申し立てる者はいなかった。というか、ケットリンテの言葉による圧力に押され、何が何だかよく分からない者もいた。ええっと、指示に従って機動戦っていうのをやればいいのかな?
合っていた。
「機動悪役令嬢、っかあ。うん、格好良いね!」
フミネもご満悦である。相手の総大将が誰かは分からないが、やってやると気合を入れていた。
「では纏めに入りますわ。わたくしは今の話を聞くのは2度目ですけれど、やはり確信を深めましたわ。彼女こそ、この戦争を任せるに相応しい人材であると」
「正々堂々などクソ食らえ。いっそ潔くって、わたしは好みです。それにわたしには出来ない役割ですよ」
フォルテとフミネは元々認めていた。故に追認でしかない。
「こと戦争となれば、軍務卿の判断でしょうな」
「異論は無いよ。わたしは甲殻獣を狩っている方が性に合うし、戦争とかは手足になっていたほうが楽なくらいだよ」
国務卿がクーントルトに振るが、彼女もまたケットリンテを肯定した。
「各騎士団長はどうだい?」
「クロードラント辺境伯は外様です。よろしいのですか?」
そう言ったのは、言わずもがなの父親、カークレイド・スカー・クロードラント男爵であった。ある意味、この言葉を発するにこれ以上の立場の者はいない。
そして、騎士団長達は沈黙でもってそれに答えた。
「では、参謀長ライド? 頭を貴方に任せ、わたくしたちは手足になりますけど、よろしくて?」
「まったく……。皆に聞いてほしい。確かにケットリンテ嬢は外様だ。だが、彼女の才能と心意気は、ここにいる皆がすでに認めている事だろう。彼女の立案は僕がしっかりと聞いた上で可否を示す。つまり、最終責任は僕にある」
「あら、任命したわたくしですわよ?」
「いいから混ぜっ返さないで。いいか、彼女の頬を見ろ! あれがケットリンテ嬢の覚悟だ。彼女もまた、フィヨルトの戦士だ! それでも異議を申し立てる者はいるか!?」
「あら、ケッテが持ち上げられて、嫉妬してしまいそうです」
「シャーラ、勘弁してくれよ」
議場に笑いが巻き起こる。どうも大公弟は女難の相がありそうだ。同時に、中央に喧嘩を吹っ掛けられるだけの胆力を感じる発言に、諸卿は納得をした。彼もまた大公足りうる人物であると。
◇◇◇
「さて、今後の部隊配置と任務内容ですわ。ライドに任せますわ」
「畏まりました、閣下」
芝居たらしくライドが説明を始める。
「最終的には、ドルヴァ砦に第5騎士団2個中隊を残す。残すが、それ以外は全て山脈の東側だ」
おおお、と会議室がどよめく。これは完全に総力戦だ。フィヨルタの守りすら外すという事になる。
「作戦の要となる参謀本部は、クローディアに置く」
初見の単語であるが、名の通りクロードラントの領都であった街だ。
「それは、いささか縦深が浅いのでは?」
「参謀副長の進言があってね。僕がそれを採用した」
国務卿の疑問にも、どこ吹く風とライドが答える。東部暫定国境からクローディアまでは50キロ強。第5世代相当なら1日の距離だ。まあ、相手は数に任せた集団戦闘を好むだろうから、2日から3日と言ったところか。一応、道中に難地形もあるにはある。
「これから3か月をかけて、クローディアを要塞化する。同時に疎開も開始する。するのだが」
「ボクがやります」
疎開と聞いて、ケットリンテが立候補した。元々決まっていたことの再確認でしかないわけだが。
「クローディアを始めとする山脈の東側の街と村、全てに避難勧告を出します。ボクが代表して説得に当たります」
「では私も」
「お父様は、部隊の調練です。第5世代は甘くないよ」
「ぐ、ぐむう」
にべもない、親子の会話であった。第11騎士団長たる父親は黙るしかない。
「代わりにわたくしたちも、同行いたしますわ」
「そうだね。聖女の御威光もあらたかに」
フォルテとフミネが乗っかった。まあ、元領主の娘と国主、そして聖女。説得材料としては最良ではあろう。
「『フォルタファンヴァード・フィヨルト』と『メリアスシーナ・フィヨルト』の使用を前提に考えますますわ」
亡き大公夫妻の名を持つ大型飛空艇は、先の『デリドリアス・フィヨルト』に対し、人員輸送に特化している。基本100名、宿泊を考えない山脈越え程度であれば200名は収容可能だ。すなわちひと月あれば、10000人は移送できることになる。
停戦切れは麦の刈り取りからふた月程度、焦土戦術とまではいかないが、それでもフォートラントに渡す物資などは存在しない。
◇◇◇
そうして会議は終盤を迎えた。クローディアの要塞化は、第3騎士団がメインで、それに第2騎士団と第6騎士団が参加する。この段階でバラァトの守備は放棄だ。いざとなったら第8騎士団が動く。
第11、第12、第13騎士団は第5世代への換装を急ぐ。順次入れ替えと調練はロンド村で行うことになった。
それ以外の部隊は、現状のまま。特に第4と第7騎士団は甲殻素材狩りに勤しむことになる。
情報部は山脈東部の詳細な地形情報の取得が主任務となった。この部署、実は人数が多い。ニンジャ部隊を始め、旧クロードラント特殊部隊と、それを参考にして作られたフィヨルト特殊部隊が組み込まれたためだ。
「提案があります!」
「どうしたのファイン?」
突然のファインの発言に、フォルテがちょっと驚きながら聞き返した。この流れはシナリオにない。まさが前線とか言い出すのか?
「『金の猪団』を活用してくださいですわ!」
今度はフォルンだった。『金の猪団』?
「甲殻猪に乗ったら、凄く速く遠くまで行けるんだ。文字と数字も覚えたから、連絡も大丈夫だよ!」
何処か不安そうに、だが誇らしげにファインが言った。
「隊長はフェンですわ!」
「ああ、あの」
ここでフミネが気が付いた。例の甲殻猪の繁殖だ。サウスポート村に拠点を移動し、後はグレッグに任せっぱなしになっていたのだ。
「まさか、猪ライダー?」
「ええっ! 馬と同じくらいには走れますわ!」
「えっと、『天秤団』の子たちだよね。数はどれくらいいるの?」
「80頭くらい!」
「げえっ!?」
こうして山脈の西側、フィヨルト本領に限るという条件で『金の猪団』は認可された。これにて情報部はさらに自由度を増したわけだ。
フミネは何処まで気付いているのだろうか。彼女がフィヨルトに降り立って以来、思い付きでやって来た事。それが様々な経緯で折り重なり、編み込まれ、結実を迎えようとしている。
「では本日をもって、フィヨルトは凖戦時体制に入ることを、フィヨルト大公、フォルフィズフィーナ=フィンランティア・フィンラント・フォート・フィヨルトとして宣言いたしますわ! 総員、励みなさいませ!!」
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