第162話 まつろわぬ民すら守るのが国家





「やはり漏れているか」


「間違いないかと存じます」


 ケースド=フォートラン王宮内、執務室にて国王ウォルトと宰相が密談していた。


「ヴァークロート、ヴラトリアに働きかけている様子が見受けられます。明らかに戦争を意識しておりますな」


「こちらが第5世代を得たと知って、その様な行動に出たという事か」


「我が国の防諜の甘さを嘆く次第です」


 宰相の自国批判にウォルトはため息を吐いた。だからと言って今更である。


「ではフィヨルトはどう動く?」


「サウスダートが狙いになるかと」


「攻勢に出るというのか。塩のために」


「こちらは北方、南方どちらでも塩は得られます。ですがフィヨルトは」


「ふむ」


 と、真っ当な会話がなされているが、残念、フィヨルトはすでに塩田を得ている。つまりこの段階で情報の齟齬が生じているわけだ。


「では、それを前提に考えねばならんな」


「参謀へと通達致します」



 そうして会話をしている内に、ふと、宰相の息子を思い出し、ウォルトは聞いてしまった。


「ガートラインはどうしている?」


「……愚息なれば謹慎を解かれ、財務部に所属しております」


「惜しいな。クエスにしても」


 ウォルトは離れて行った者たちを、何となく思った。宰相令息ガートライン、騎士団長令息クエスリング、そしてアリシア。彼の同世代で気さくなく話せたのは、もうこの3人だけだった。


「なれば側近として、召し上げることも出来ますが、如何いたしましょう」


 宰相は高速で思考を巡らせる。元々側近候補として学院でも同行させていた。ウォルト以外の婚約破棄騒動は想定外であったものの、息子も、騎士団長子息も中央派ではある。ならば傍に侍らせたところで大した問題でもないだろう。



 そんな経緯で、宰相令息ガートライン・ゲイン・オストリアスと、騎士団長令息クエスリング・シェルト・バルトロードは王直属の側近として抜擢された。


「ご無沙汰しております、陛下」


「お傍に据えてくださった事に感謝を」


「出来れば気軽にウォルトと呼んで貰いたい処だが、そうはいかぬのだろうな」


「申し訳ございません」


「いや、良い。君たちが近くに来てくれたことを、嬉しく思うばかりだ」


 ガートラインとクエスリングとの会話は固いものであったが、それでもウォルトの心に水を注いだかのようであった。



 ◇◇◇



「みんな、もう少しでここは戦場になる。フィヨルトが受け入れてくれる」


「しかしのう」


「ワシらは老いた。ここらが潮時じゃろ。フォートラントだのフィヨルトだの、ワシらには分からんのじゃよ」


 クロードラントの疎開は、遅々としていた。ケットリンテが必死の説得を続けているが、通じてはいない。そもそもフィヨルトに移住することに同意した者は、1年以上前に旅立っている。残っているのは、何らかの理由があるか、あるいは意味も無くその土地に縛られた者たちだった。


「ごめんケッテ、何となくこうなるって思ってた」


「フミネ?」


「日本でもそうなんだよ。不便だって思っていても、その土地に縋る人たちがいるって。それが間違ってるなんて言えない。人間は駒じゃないんだよ。だからさ、少なくてもいいから、村を回ろう」


「分かった」


 ケットリンテとフォルテとフミネの行脚は続いた。そして、この期に及んで疎開を受け入れる者は、そう多くは無かった。フミネは事前にこうなるだろうと、フォルテに伝えていた。だからこそ、フォルテとフミネはケットリンテに付き合ったのだ。



「分かりました」


「っ! いいのですか?」


「お嬢様方がそう言うのならば、我らは信じるだけです」


 苦しい疎開の行脚の最後にあったのは、小さな奇跡だった。村の名はラータ村。以前、臨編フィヨルト慰撫宣伝部隊の第1回公演の舞台となった村だった。


「戻れますか?」


 村長が問う。


「最大限の努力を致しますわ」


 それに対し、フォルテは断言しなかった。だが、努力をすると、それを確約したのみだった。



「皆も聞いてほしい。この村の皆を一旦移動させたいという、お嬢様方の願いを叶えたいと思うのだ。どうだ、賛成してくれるか」


 ラータ村は訪問時にデモンストレーションとして、甲殻騎を含め、フィヨルトの心意気を見せつけた経緯がある。フィヨルトの力と誠意を知る者たちなのだ。だから、今回の話にも乗った。女大公が疎開すべきというならば、そうすべきなのだ。


 他の村も本来はそうだった。実際にいくつかの村が移住し、それ以外の村はそれでも定住した。人の心というモノは何より難しいことを、彼女たちは知った。もしかしたら今回の疎開勧誘で、本当の意味でソレを知ったのかもしれない。


 人の心や行動は、理屈は勿論、情や施しなどでも操れないという事を。いや、そもそも操ろうなどという事自体が烏滸がましい考えであるという事を。



 ◇◇◇



 そうして疎開に応じてくれたのは約2000名であった。以前の移住者を含めても4000人。残されたのはクローティアを大半に8000名を越える。すなわちフィヨルトは彼らを守りながら戦う事になったのだ。村そのものが移住を拒むケースもあった。何度も繰り返し説得することで、若者だけを逃がすという判断もあった。その結果の数字だった。


「織り込み済みだよ」


 ちょっと寂しげにケットリンテが言う。


「民を盾にした戦闘、民を見捨てる戦争、しませんわよね?」


「フィヨルトには申し訳ありません。守ります」


「それでよろしいですわ!」


 今回の旅自体は疎開を進めると共に、もうひとつの思わぬ意味を彼女たちにもたらした。すなわち決意だ。様々な考えを持つ民が居る。中にはまつろわぬ民も多くいた。むしろ封建世界で生きてきた彼らに取ってはそちらの方が当然なのかもしれない。


 そんな民だからこそ守る。譲らないし渡さない。



 民たちを載せた飛空艇が飛び立つのを見届けながら、フォルテがポツリと言った。


「ケッテ、作戦はありますの?」


「ある」


「そうですの。では成功させなければいけませんね」


「ははっ、軽く行っちゃって。結構無茶やらされるよ」


 フミネが混ぜっ返した。だが、目はガンぎまりだ。


「ありがと。じゃあ、覚悟を決めておいて」


「わたくしたちはどうすれば良いの?」


「攻めに出る。近寄らせる前にガツンと削る」


「ほほほほほっ! 良いですわ。それでこそですわ」


「はははっ! いいねっ。それなら村も何も無い!」


 フォルテとフミネはその案に大喜びだ。だけど。


「焦らないで、二人の役目はまずサウスダートだから。そっちをガッチリやっておいて」


 むしろガッチリ釘を刺される二人であった。



 ◇◇◇



 そして2か月後、サウスダートは散々であった。ジェムリア事件の黒幕ではないかと噂され、さらにはヴラトリアへの商隊が国内で襲われて、最後にフィヨルトとサウスダート国境を挟んだ両国の陣地が炎に包まれた。勿論サウスダート側に火を付けた者が何者であったかは言うまでもない。


 フィヨルトは停戦明けを目前としつつも、サウスダートの一連の事件を重視し、サウスダートに敵意ありとして、予防侵攻を決定した。


「さあ、いきますわよ」



 合計4隻、第8騎士団2個中隊を載せた飛行艇が飛び立った。第2次フォートラント連邦騒乱の始まりである。


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