第160話 参謀副長の戦争計画という独壇場





「大公閣下とフミネ様、クーントルト殿はどうされるので?」


 当たり前と言えば当たり前の質問が、国務卿より発せられた。


「当然、最前線ですわ。わたくしとフミネは、第8騎士団長並びに副団長なのですわよ!」


「わたしも第1騎士団に復帰だねえ、指揮系統が乱れるのもアレだし、副団長あたりにしてくていいよ」


 実に武闘派な返答が帰って来た。クーントルトは伯爵なのだが、良いのだろうか。


「胃の辺りがジクジクしているのですが」


 平民出身の第1騎士団長フィート=フサフキが、腹を抑えてボソっと呟いていた。


「すなわち今回の戦いの総大将は、ライドですわ。わたくしもフミネも、その指示に従う一騎士に過ぎませんわ」


「ライド、おねがいね」


 フォルテとフミネが畳みかけた。


「……はあ、分かったよ。武運を祈るから。戦争終わったら、3倍は働いてね」


「あらまあ、姉不幸な弟ですこと」


 からからと女大公が笑った。



 ◇◇◇



「さて、ではそろそろ、参謀部から戦争計画についての開陳ですわ」


「姉さん……。ふむっ、ケットリンテ嬢、頼む」


 フォルテから振られたライドは、微妙な顔をしながらケットリンテに任せた。いや、任せるしかないわけだし。


「わかりました」


 すっくとケットリンテが立ち上がる。右の頬にある傷跡が未だ痛々しい。だが、彼女はそれをものともせず、学生に授業する教師の様に、話を始めた。


「物事を為すためには、目的を決め、手段を選択し、実行、修正を行わなくてはいけません。戦争は手段であって、目的ではないのです。ではボクたちの目的は」


 ケットリンテの語りは、めちゃくちゃ根源的なところから始まった。


「フィヨルトの安寧です。それを為すための状況を創り出すために、戦争と言う手段を取るのです。そこに善悪は関係ありません」


 現代日本社会に生きてきたフミネにとっては許容しかねる内容であるのだが、それでも相手が攻めてくるのが明白である以上、正義も悪も無い。いや、こっちは悪役だったか。


「次に考えることは、ではどのように戦争に勝利するかです。一つの方法は酷く簡単で、負けた上で条件闘争をし、帝国の一部として生き残るという形です。フィヨルトは生き残るでしょうし、フィンラントも侯爵家くらいで済むかもしれません」


 がたっと椅子を倒す音が聞こえた。それも複数だ。主に軍部の者が多いが、誰もがケットリンテを睨み付けた。


「ですが、それはフィヨルトの意志ではありません。独立独歩の大公国。400年に迫る歴史。初代様が創られ、甲殻獣との闘争を繰り返しながら広げてきた、ボクを含めた皆さんの国です。帝国に組み込まれるなど、あり得ません」


 睨む面々に対し、ケットリンテはさらりと言葉を返した。さあ、自分たちの国だぞ、誇りだぞ、と。



「ならば、勝つしかありません。その手段が戦争です。ここまでが前提条件です」


 全員の意識を共有していく。何のための戦争か、どうして戦争をしなければならないのか、それをケットリンテはかみ砕いて説明していった。


「停戦期間を延長することも出来るかもしれません。ですが、それはハッキリと悪手です。時間が経てばフォートラントは、中央は第5世代『モドキ』を量産し、フィヨルトでは到底敵わない相手となるでしょう。仮にターロンズ砦で防衛できたとしても、将来的に北のヴァークロート王国を通り道にして、攻め込んでくるでしょう。そこで終わりです。その時点で、条件闘争などあり得ません」


 将来の世界を提示する。そしてそれは多分間違っていない。


「では前提が共有された上で、今後の戦争計画です。すでに相手が第5世代『モドキ』を手にしたとしても、量産には時間的制限がかかります。情報では、第8連隊がスラスター教導に入っているようですが今回は第8連隊全て、つまり160騎以上がそうなると考えます」


 各席からため息が漏れる。いきなり160とか言われても、実感が湧かない。こちらがどれだけ苦労してここまで来たのか、国力の差を思い知らされるばかりだ。


「先ほどもあった通り、戦争前に外交的掣肘を与えます。ヴァークロートとヴラトリアの調略と、サウスダートへの欺瞞侵攻がそれに当たります。また、近日を持って、フィヨルトからの甲殻素材輸出を停止します。理由は『不猟』だからです」


「不猟ならば、しかたありませんな」


 外務卿が苦笑いで発言する。全く、どうやったらこういう詭弁が出て来るのやら。



 ◇◇◇



「そしていよいよ、戦争です」


 ケットリンテの語りは、まるで歴史の教師のようであった。ただし内容は過去から学んだ未来であるが。


「さて、皆さん。フィヨルトの第5世代甲殻騎の強みは、何だと思いますか?」


「圧倒的性能だと考えます!」


 目線を向けられた、第12騎士団リリスアリアが答えた。本当に授業のようだった。


「その通りです。では、それをどう活用するかが大切になります。先の戦争でフィヨルトは圧勝しました。地の利がありました。また、飛空艇による空挺降下もありましたし、もちろん一人一人の騎士たちの圧倒的強さがありました」


 圧勝経験は時に毒となる。ケットリンテはそれを危惧していた。だから繋げる。


「ですが今回の戦場は、クロードラントです。また甲殻騎についても、同等とまでは言いませんが、迫ってきている可能性が高いのです。ならばどうするか」


 ケットリンテが溜めた。


「概念で勝つのです。先ほどスラストア卿は圧倒的性能と言いました。それは間違ってはいません。ですが、その中でも最も大切とボクが考える要素。それは速さ、すなわち『機動力』です。それも圧倒的機動力。森をものともせず飛び越え、サーチライトを使えば夜間でも行軍可能。さらには飛空艇による航空輸送……。それは新しい戦争の形です」


 夢想するように目をつむり、ケットリンテは独白する。


「王立騎士学院で軍事教本を全て網羅したボクが保証します。彼らは古い!」


 ケットリンテは段々と、教師から狂研究者へと移行しつつあった。


「答えはとっくに出ているんです。先の第4連隊との闘い。第2、第3、第7騎士団の活躍を思い出してください。運動して、分断して、包囲して潰す。つまりは各個撃破です。小勢が大勢を相手にする時の常套手段です」


 ケットリンテの語りが熱を帯びていく。


「当たり前の事を、当たり前にやるだけなのです。甲殻騎を密集させた集中運用? はっ、機動力を持った騎体を密集させる? 馬鹿馬鹿しい!」


「ちょ、ちょっと、ケッテ!?」


 思わずフォルテが声を挟む。そこで気づき、ちょっと頬を赤らめてから、ケットリンテは言葉を続けた。


「今回の戦争は機動戦を旨とします。大勢とは聞こえが良いですが、足並みを揃えるのに多大な労力を必要とします。ですので、複数の道を通って進軍してくることでしょう。突出した部隊や極端なところ、はぐれ部隊も現れるでしょう。それを叩きます。弱い敵から削るのです」


 その言葉はフィヨルトには不満であろう。だがここまでの語りが、それに説得力を与えていた。


「必要なのは、相手の進軍経路と規模と時間推移です。そこで情報部が活きてきます。如何に正確に、如何に素早く情報を得られるか、それが機動戦の肝です。期待しています」


 情報部に任命された者たちが、ゴクリとつばを飲み込んだ。自分たちが戦争の起点であるという事を実感したからだった。


「得られた情報は、参謀部で精査、ならびに未来予測をします。そのために選抜された面々です」


 ケットリンテが、参謀部に選ばれたメンバーの意味を伝えた。


「削って削って、そして最後に相手の大将首を見つけて刈ります。それを為すのが……」


 ふとケットリンテは、フォルテとフミネたちを見て笑った。黒く明るく笑った。



「我らが機動悪役令嬢です」


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