第158話 出し惜しみをしている場合ではない





「ケースド=フォートランからの情報ですの?」


「日付は5日前。ヴラトリアの密偵が来てくれた」


 大公執務室に集まっているのは、フォルテ、フミネ、ケットリンテ、シャラクトーン、そして国務卿とライドだった。ケットリンテがここに居るのは、クロードラントに到達した密偵から情報を貰って、小型飛空艇でぶっ飛んで来たからだ。


「王都の騎士たちの動きがおかしい。特に第8連隊が、頻繁に王城に出入りしているみたい」


「ケッテの私見は如何ですの?」


「スラスターの訓練法が見つかったんだと思う」


「そうですわね」


 全員が納得した。それくらいしか理由が見当たらないのだ。


 フォートラントは実に防諜が脆弱である。フィヨルトならば山脈を封鎖すれば、大体は隠しきれるが、あちらはそうはいかないのだ。外国勢力どころか、利権次第で身内がばんばかと情報をくれる。今回はこれでも秘匿が効いている方だろう。第5世代もどきが出来たので、訓練しています。くらいの情報精度でもおかしくないくらいなのだ。


 まあ、それくらい相手も本気なのだと、そういうことだろう。



「停戦明けまであと4か月、どうするのですか?」


「幾らフォートラントでも1個連隊が手一杯だとは思うけど。甲殻材料も絞っているし」


 シャラクトーンの問いに、工廠関係に詳しいフミネが材料を加える。フォートラントにおける1個連隊とは160騎を指す。これが第5世代に置き換わったとすれば、かなりの脅威だ。何せこちらの国境警備は3騎士団80騎程度で、その4割は第4世代なのだ。


「最悪を想定しなければいけませんわ。ケッテ」


「第8、第9、第10連隊が出て来る。あと、北西から第5連隊も。もしかしたら中央派の領軍と、南からサウスダートも」


 つまり、最大700騎以上が相手戦力ということになる。それに対しフィヨルトは全戦力で350騎弱。全戦力で半分だ。


「戦力で勝てないならば、外交と戦略と戦術で勝つまでですわ」


「それしかないね。あと、時間でも勝たないと」


 フォルテの当たり前な意見に、フミネが付け加えた。


 もし本当にフォートラントが第5世代を本格的に運用出来るようになれば、これはもう覆せない。せいぜいターロンズ砦で押さえつけるのが精いっぱいだろう。だがそうした場合、相手はヴァークロート王国経由でやってくる。かの王国を叩き潰して、その上で。そうしてフォートラントは、まさに帝国として大陸西方の覇者となる。


「時間は完全に相手の味方ですね。まずは外交で何とかするしかないでしょう。当然わたしはヴラトリアに繋ぎます。ヴァークロートも利用すべきです」


「サウスダートを攻略するしかない」


 シャラクトーンとケットリンテが発言する。戦力としては連邦ナンバー3と4、経済としては、ナンバー2と4を抑えるという事だ。


「問題は開戦時期ですわね。緊急会議を招集いたしますわ!」


「畏まりました」


 フォルテの宣言に、国務卿が答えた。



 ◇◇◇



 当然ではあるが、フォルテは事前に会議参加者を個別に招き、聞き取りを行った。誰に何を任せるか、どの程度の権限を持たせるか。上位者たる者の当たり前の措置である。フミネとライドも同席させ、別視点からの評価も鑑みる。その上で、国務卿、外務卿、軍務卿を交えて意見交換を行った。



 そして当日。ヴォルト=フィヨルタ内、大会議室にて対フォートラント戦争を想定した対策会議が開催された。


「では緊急会議を開催する。閣下、お願い致します」


 今回については、国務卿は議事進行を行わない。フォルテに全てを託すこととなっていた。大した意味は無いが、しいて言えばおおよそフィヨルト史上、最大規模の対外戦争となると予想されていることがある。つまりはトップが直接、会議を握る程度の意味合いであった。


「さくさくと行きますわよ。まずは前提条件ですわ。フォートラントが第5世代相当の技術を取得た可能性が非常に高い、という情報が得られましたわ」


 誰も何も言わない。すでに知っている事だからだ。だが、顔を歪める者も多いのは事実だ。


「この際『ジェムリア事件』をどうこう言うつもりはありませんわ。遅かれ早かれ、フォートラントは何らかの手段で第5世代騎を得たでしょう。重要なのは、それを受けて我々がどうするのか、ですわ」


 全員が息を呑みこむ。だがここから先も分かっているのだ。大切なことは、大公よりその目的が発せられる事そのものだ。



「大目標は当然フォートラントの侵攻を阻止することですわ」


 そう、基本はそこだ。


「最悪は山脈の東側、つまり旧クロードラントを奪われること。最良は逆侵攻と言いたい所ですが、現状維持ですわ。ただし、南と北に関しては別問題ですわ。ドーレンパート」


「はっ!」


 外務卿ドーレンパートが立ち上がった。


「外交に関しては、北のヴァークロート王国を動かしたいと考えております。現在は中央の仲介にて消極的外交断絶状態ですが、短期的不可侵、さらにはフォートラントへの圧力を得ることは、可能と考えます」


「条件は?」


「ドルヴァ紛争における賠償金の減額を、基本と考えております」


 外務卿のその言葉に、皆は苦い顔をする。前大公と大公妃、軍務卿と多数の人命を失って上で得られた条件なのだ。分かってはいる。分かってはいるのだが。


「ドーレンパートに任せますわ。同時に外交権限を渡しますわ。必ず取り付けなさいな。次にヴラトリア公国担当は、ライドとヴァーニュですわ」



「はい!」


 ライドとアーテンヴァーニュが立ち上がる。


「局外中立を要求する予定です。出来れば流通遮断ですが、これは難しいと思われます」


 母国の事である。十分その性格を熟知したアーテンヴァーニュが主導して、話を進めていった。


「条件は、借入金と甲殻素材の融通ですわ。金利などについてはライド、あなたに同じく外交権限を委ねますわ」


「分かりました」


「精々貸し潰れにならないように、忠告しておいてくださいませ」


 微妙な笑いが会議室を満たす。場合によっては本当にそうなるからだ。


「そしてドーレンパート、ライド、シャーラ、89式の使用を許可いたしますわ」


「よろしいのですか」


 外務卿が確認した。『89式小型飛空艇』。すなわちそれを他国に開示するという事だ。


「速度優先ですわ。そして」


 ここでフォルテは少し貯めた。


「今回の戦は残念ながら全面戦争になる可能性があると、そう判断していますわ。したがって出し惜しみは無し、ですわ!」


 何処までを秘匿し、どの時期に開示するのかはまだ決まってはいない。だが、意味も無く隠すという事は今回ばかりはしないという事になる。



「そして最後の国、サウスダートですわ。これに対し欺瞞侵攻を行いますわ」


 そう、遂にフィヨルトが他国に牙を向けるのだ。


「サウスダートは中央の帝政化に、消極的賛成の意志を示していますわ。ならば、そこを付きますわ。クーントルト」


「ちょっかいをかけて、中央から戦力を引っ張るわけだね。問題は時期と口実だよ」


「『デリドリアス・フィヨルト』と他を使って、空挺を仕掛けますわ。第8騎士団でやりますわよ」


 名の上がった『デリドリアス・フィヨルト』は最新というか、まだ完成していない大型飛空艇である。前軍務卿の名を付けたその飛空艇は、甲殻騎空挺に特化した設計が為され、実に9騎、1個中隊を運ぶことが可能となっている。



 まさに出し惜しみ無し。そうして会議は続いていく。


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