第159話 参謀部と情報部
「ねえ、フォルテ。それでサウスダートへの開戦の口実と時期は、どうするの?」
「確かに話が前後しましたわ」
なんか勢いでノリノリになっていたフォルテを、フミネが抑えた。こういう事ができるのが聖女である。周りは深く感謝すると共に、時にこの二人が一緒になってヤバい方向へ進むことも良く知っていた。
「確かフミネの案ですと、こちらの陣地が燃やされた、空挺降下訓練をしていたら落下位置が国境を越えていた、毎日宴会をやって相手を挑発する、でしたわね」
うわあ。周りはドン引きであった。
「ケッテの案は、ジェムリア事件の黒幕はサウスダートだった、ですわ」
楽しそうに言い掛かりを綴るフォルテにしても、そう言う事を考えつくフミネとケットリンテに戦慄した。こいつらの頭の中はどうなっているのだろう。
「シャーラは、ヴラトリアの物資がサウスダート国内で、不当に奪われたでしたっけ、証拠は全くありませんわね」
そうきたかあ。もはや、悪役令嬢たちの言い掛かりに言葉も出ない観衆である。アーテンヴァーニュはちょっと寂しそうだった。
「ヴァーニュのは、まあ、その、アレですわ」
どれだよ。
「国境ギリギリで、相手の悪口を言いまくるそうですわ。フミネの宴会案と組み合わせたら面白そうですわね」
フィヨルトの民は案外真面目で勤勉なのである、誇りを持ち、そして戦うならば正々堂々と。そんな彼らに思いもつかない言い掛かりとしか言いようのない、そんな戦い方もあるのだと、異邦人たる悪役令嬢たちはおのおの提示してみせたのだ。
「どちらにしても、サウスダートをこちらに味方させる材料がありませんわ。よって欺瞞侵攻は確定事項として、日取りは停戦明け1か月前くらいでしょう。それまでにもう少しマシな口実を作りますわ」
◇◇◇
「さて、続けますわ」
先ほどまでのグダった空気を換気するように、フォルテはしれっと言ってのけた。
「クーントルト、第5世代の配備状況はどうですの?」
「サク・スレイヤー級で8割、というか、クロードラント組を除けば大体全部だね。ジム・スレイヤー級は6割強ってところかな」
「では、第11、第12、第13騎士団を全てサク・スレイヤー級に換装いたしますわ。出来ますわね?」
「採寸はまあ、終わってるからねえ、とっかえひっかえ2か月貰えるかい?」
実は準備万端であったことをバラしつつ。工廠長パッカーニャが独特の語り口で返事をした。
「ええ、お任せいたしますわ」
「あの、よろしいのでしょうか」
「繰り返す事の程でもありませんわ。今回は出し惜しみ無し。当然クロードラント組にも活躍してもらいますわよ」
「あんたがたが取って来た素材さね、遠慮なく受け取りなぁ」
第11騎士団長カークレイドの確認は、あっさりと流された。
「リリスアリア! ラーンバード!」
「はっ!」
「大公閣下の仰せだ。受け入れ、励め!」
「了解いたしました!!」
カークレイド、リリスアリア、ラーンバードの3人はいつしか涙ぐんでいた。如何に戦時と言う異常事態であったとしても、敵に寝返るかもしれない我々に、新しい力を与えてくれたその度量。ここで応えずしてなんの騎士か!
大公閣下と聖女様は野営陣地にいきなり現れ、謎の宴会を開き、去っていくようなお方だ。気持ちが良いではないか、格好良いじゃないか。ただ壇上から訓示を垂れるのと、一緒に酒を飲みかわし歌うのと、どっちが楽しいか。そんなもの、決まっているじゃないか。
◇◇◇
「次の議題ですわ。此度の戦争に向け、臨時で部署を設立致しますわ。その名も参謀部と情報部ですわ。基本的には情報部は参謀部の下位組織ということになりますわ」
参謀部、フォートラントにはすでに存在する部門であるが、フィヨルトでは導入されていなかった。大公と軍務卿が事実上のそれであり、さらに言えば各騎士団が独自に行動する権限が大きいのが特徴だ。即応性が高く、現場指揮官が有能であれば、例えば甲殻獣への対応も早くなる。フィヨルト向けの体制とも言える。
「普段と異なり、今回は戦争ですわ。しかもこちらより遥かに数が勝る相手との。よって、参謀部により作戦の立案、戦場決定、行軍指示などを行いますわ。もちろん現場判断は残しますし、撤退判断なども同様となりますわ」
クロードラント国境線は長い。前回の様に砦一つでなんとかなるような戦争ではないのだ。適切な箇所に最適な部隊を送り込むことが肝要となる。つまりは部隊連携。それを参謀部で指示するのだ。ここらへんについては事前に通達もされており、文武を問わず作戦について聞き取りを行ってもいた。
「では人事ですわ。参謀長、ファーレスヴァンドライド・ファイダ・フィンラント」
参謀長はライドであった。同時に会議室にざわめきが起こる。確かに知に優れてはいるライドだが、それは内政方面であったはずだ。何故フォルテやクーントルトではないのか。
「続いて、参謀副長、ケットリンテ・ゲート・クロードラント!」
ここで皆が気が付いた。そして納得した。ケットリンテこそが本命であるのだと。ライドはお飾り、実権はケットリンテという事だ。そしてつらつらと、フォルテが参謀部のメンバーを挙げていく。武官あり、文官あり、中にはクロードラント出身者までもが配置されていた。
「参謀長の任、たしかに拝命致します」
「同じく、参謀副長をお受けいたします」
ライドとケットリンテが膝を付いた。
「次に情報部長、エィリア・スーン・トラパータ」
これまたざわめきもって受け止められた。誰だ? という感じが強い。本編でも久々に出て来る名前だ。外務卿の養子にしてボディーガード、そしてアレだ。実は彼女、諜報部門レベルで訓練を積んでおり、さらに優秀な成績を残していたのだ。
「拝命、致します。ですが」
「ドーレンパートが心配なのでしょう。あなたは直前まで彼に付いていてあげて」
「配慮に、感謝いたします」
「続いて情報副長、オーレント・ヒルツ・ランバッハ、アレッタ・プロンプト」
これは酷い。おいおいおいと、場もざわめくどころか呆れている。オーレントはニンジャ部隊隊長だからどうとして、片方は平民だぞ。
「『金の渦巻き団』と『金の天秤団』の取り纏めが出来たのでしょう。大丈夫ですわ」
「いえ、お嬢、いえその閣下」
あんまりな人事にアレッタがビビりまくっている。
「あら、先日わたくしと相打ちに持ち込みましたわ。実力は十分ですわ」
「あうぅぅ」
「じゃあ、箔をつけてあげるよ。アレッタ、今からフサフキ名乗りな」
クーントルト=フサフキが笑って言った。
「良い機会ですわね。アレッタ、あなたは今からアレッタ=フサフキ・プロンプトですわ」
「は、はいぃ、拝命いたします」
全然嬉しくなさそうな声であるが、口端はちょっと上がっている。これは嬉しいんだろう。
「ああ、それならわたしからも」
今度はフミネだ。
「日本には女性ニンジャ特有の呼び方があってね。エィリアさんには『クノイチ』の称号を付けて欲しいかな。エィリア=クノイチ・スーン・トラパータだよ」
聖女直々からの称号拝名、しかもニホン語。これほどの名誉はフォルフィナファーナ・ファルナ・フィヨルトがフサフキを貰って以来の慶事である。
「謹んで」
外務卿などは涙を流していた。文化の違いというのは恐ろしいと思う、フミネであった。
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