第157話 フォートラント=ヴァイ





「ぶはぁー、ぶはぁー」


 フォルテは荒い息をついていた。なにせ1対1とは言え、40連戦を越えての対戦だ。しかも相手はフィヨルタの騎士たちばかりである。疲弊しない方がどうかしている。


「かひゅー、かひゅー」


 フミネは荒いどころではない息遣いになっていた。30戦目あたりでぶっ倒れて、今は地面に大の字で寝ころんでいる。


「ふぅぅ、ふぅぅ」


 アーテンヴァーニュも寝っ転がっていたが、何とか息を整え、復活しようと画策しているようだ。彼女も、30戦目くらいで膝を付いていたのだ。



 そもそもの発端は、フミネの何気ない一言であった。


『日本にはね、100人組手っていうのがあるんだよ』


 それを今、フミネは深く後悔していた。あんな事、言うんじゃなかった。こんなのクリア出来るわけがない。だって最後には、フィート=フサフキとクーントルト=フサフキがいるんだぞ。しかもなんか50人目あたりにアレッタもいるし。


 しかして、フミネとアーテンヴァーニュは50人目に到達できず、フォルテはアレッタと相打ちという形で第1回100人組手は終了した。



「ねえ、フォルテは何でフサフキにならないの?」


「そうですわね、フミネの技を全て吸収したら、名乗りたいと思いますわ」


「うへぇ」


「それにわたくしは『フィンランティア』ですわ。そこにフサフキを加えるならば、相応の技が必要ですわ」


 高慢にして真摯、そんな両面を併せ持つフォルテを、フミネは素直に凄いと思う。まあ見る人間の視点によっては、高飛車、冷徹、そんな風にも思えるのだろう。それもまた間違っていない。彼女は神様ではない。一個の人間なのだから。



 ◇◇◇



「陛下、これは?」


「二人きりの時に陛下はよしてくれよ。アリシア」


「ご、ごめんなさい、ウォルト」


 フォートラント首都にある王城の更に奥、近衛の駐騎場に守られたような場所に、その騎体はあった。元からそうであった様に真っ白く、重厚な大型甲殻騎だ。各所に紫と金の意匠が凝らされ、高貴な雰囲気を纏っている。


「王騎、『フォートラント=ヴァイ』だ」


「これが……、実在していたんですね」


「当たり前だろう」


 国王ウォルトワズウィードと、その妃、アリシア・フィッツ・ランドール=サラストリア=フォートランはその甲殻騎を見上げていた。



 一度たりとも出撃をした事のない甲殻騎。こう言うとお飾りかとも思われるが、それは半分当たりである。なにせ、第5世代騎でも無かったのに、足首が付いている。そして何より、手首が存在していた。


「ただな、実は本当の名前は違うんだ」


「え?」


「正式な名称は『フォートラント=ヴァイ・フェイズ=フィンラント』」


「それって、まさか……!」


「ああ、180年程前。フィヨルトから友好の証として贈られたんだそうだ。あの、フォルフィナファーナ・フサフキ・ファルナ・フィンラント=フィヨルト女伯爵からだよ」


 原初の甲殻騎を製造し、なおかつフィヨルト最強の騎士にして、最初のフサフキ。その後も開発に尽力し、第3世代までをも造り上げた稀代の開発者。歴史の教科書を辿れば絶対に登場してくる、甲殻騎関連の最重要人物だ。


「フォルフィズフィーナ様の、ご先祖様なんですよね」


「ああ、そうだ。皮肉なものだな。だが今は、それは問題じゃない。この騎体は第5世代だ」


「第5世代!?」


「ああ、正確には凖第5世代と言ったところかな。伝達系と関節系が新型甲殻腱に換装されて、ついでにスラスターも装備されている」


「あっ、本当に」


 背後にあるので分かりにくかったが、よく見れば確かにスラスターが装備されていた。


「動かせると思うか、アリシア」


「分かりません。ですが、乗ってみたいです」


 目をキラキラと輝かせた甲殻騎バカを見て、ウォルトは苦笑を浮かべた。


「では、やるか」



 ◇◇◇



「これは凄い」


 王城の奥にある、近衛以外は入ることも出来ない訓練場で、フォートラント=ヴァイが稼働していた。技術部の技官たちのお墨付きはあるものの、正直ウォルトは懐疑的であった。だがこれはどうだ。


 一歩目を踏み出した瞬間には、もう理解できた。これまでとは別であるという事を思い知らされた。ともすれば転倒しそうになる所を、アリシアが適切にサポートしてくれている。


「ならばアリシア、荒っぽく行くぞ!」


「分かりました!」


 二人は甲殻騎操縦という意味で、フォルテとフミネと似通っていた。膨大で荒っぽい右翼騎士によるソゥドの奔流を左翼騎士が受け止めて、それを動かして昇華して行く。



 そしてさらに、アリシアは天才であった。


 訓練場を縦横無尽に駆け巡るフォートラント=ヴァイの違和感を感じ、次の一歩を提示して見せたのだ。


「ウォルト。なにかこう、背中がムズムズしませんか?」


「ん? そうか?」


「はい。多分これ、スラスターです」


「っ!? 動かせると言うのか?」


「分かりませんが、やってみます!」


 アリシアがそう言うと同時に、ウォルトの背中にも感覚がやって来た。左右の翼が揃った時に初めて叶う、感覚のフィードバックだ。


「これがそうなのか!」


 事前のレクチャーによりウォルトとアリシアは、スラスターの動作原理を理解しており、さらに手を触れさえすれば、稼働させることも出来ていた。操縦桿に伸ばされた甲殻腱越しに背中に感覚を通す。出来る!


 次の瞬間、フォートラント=ヴァイは跳躍していた。


「……出来た」


「は、はは。跳んだぞ。俺たちは跳んだ!」


 普段は「私」のウォルトの口調が、思わず崩れた。



 それから小一時間、アリシアは完全にコツを掴みつつあり、それに引っ張られるようにウォルトも上達を続けていた。


「ははは。俺たち、あ、いや私たちは名実ともに王国最強の騎士だぞ」


「ふふっ、別に俺のままでも構いませんよ」


 爽やかな汗を輝かせ、実に嬉しそうな二人であった。そしてアリシアがハタと思いつく。


「ウォルト。もしかしたら、訓練方法が分かったかもしれません」


「なに!」


「甲殻騎ではなく、人で練習するんです!」


「……参謀部へ行くぞ」


「はいっ」


 二人は走り出す。ウォルトは通りすがりの侍女に、技術部と騎士団長を呼ぶように伝言を伝え、そのまま参謀部へ飛び込んだ。



 ◇◇◇



「それは本当なのですか?」


 集まった一同は、一様に懐疑的であった。アリシア発案というところが、参謀部と技術部の反感を買ったのだ。平民上がりの王妃などに、自分たちが出し抜かれるなどあるはずがない。いや、あってはいけない。こういうところがフォートラントである。


「考えている事は分かっているぞ。いいから、用意をせよ」


 ウォルトの声が一段低くなり、命を下す。周りはビクリと肩を震わせ、手配に走り出した。


「すまんな、アリシア」


「いえ……」


「困ったものですな」


 騎士団長が申し訳なさそうに言う。政府上層部では、アリシアの評判は決して悪くはないのだ。平民上がりということで、民の受けは良い。さらに容姿に優れている。アホらしい外戚もいない。そして何よりも『政治に全く口を出さない』。それを本人が理解しているからこそ、宰相などは特に彼女を高く評価していた。


 そして小型スラスターが完成し、各種の試験に1週間ほどかけた後、一組の騎士が凖第5世代甲殻騎を跳躍させた。



 ここに、フィヨルトのアドバンテージが、一つ失われたのだ。


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