第154話 出来ない事だってある
「説明は理解出来た。そこで重要なところを聞きたい」
「何なりと」
そうウォルトに訊かれた担当官は、危機を感じながらも、それでも返答した。なんとなく問われることが分かってしまう。
「再現は出来るのか?」
「……現段階では、見通しは立っておりません」
「なんと! 蛮族が知識に及ばないと」
「技術部も落ちたものか」
「だまれ」
周囲の嘲りをウォルトが一蹴する。
「専門家がこう言っているのだ。事実なのであろう」
ウォルトの言葉に担当官は顔を伏せ、涙を零した。
「議論すべきは、これからどうするかだ。当然腹案はあるのだろう?」
「新型甲殻腱の研究は継続致します。その上で、『スラスター』の開発と運用を急ぎたいと考えております」
「理由を述べよ。まて、今、運用と言ったか?」
「はっ。確かに『スラスター』には甲殻腱が使用されておりますが、従来型のモノでも作成自体は可能です。よって、暫定的に量産は可能かと存じます。ですが」
「参謀部より引き継ぎます」
言葉を引き継いで、参謀部高官が発言した。
「事前に『スラスター』を暫定装備した甲殻騎を組み、実験を行いましたところ、誰一人としてスラスターを稼働することが叶いませんでした。例の大破した騎体から、生き残っていた実機を使用してもです」
「なんと!?」
これには、さすがの王も立ち上がった。
「我が王国とフィヨルトで、ソゥドの質に変わりはありません。すなわち、特殊な何かが存在しています。参謀部と技術部の協議では、訓練法が存在するのではないかと予想しております」
「纏めると。新型甲殻腱の作成は目途が立たず、劣化型の『スラスター』は製作可能でも運用が出来ないと、そういうことだな」
会議室に寒風が吹きすさいでいた。何にもなっていないではないか。
「申し上げにくい事をさらに」
宰相がさらに追い打ちをかける。
「フィヨルトからの甲殻素材が値上げされております上に、量が制限されております。当然と言えば当然ではありますが」
どずんと、テーブルが叩かれた。ウォルトが声を荒げる。
「今日はもう良い。対策を講じろ!」
聡明な王は何処へ行ったやら。だが、そんなウォルトを責める者などここにはいなかった。
「50名を越える者が命を失った。その中には、将来を渇望される騎士たちもいた。愛国の有志もいた。報いろ」
それだけを述べて、王は退席していった。
◇◇◇
「どうしよう、凄く痛そうだよ。大丈夫? ケッテ」
「うん。痛くないよ」
「あんな無茶して」
「ごめん」
フミネの指が、ケットリンテの右頬の傷を触ろうか触るまいかと、フラフラしていた。それを見るケットリンテは苦笑いである。ここはソゥドのある世界だ。刃物による切り傷であろうとも、1週間もあれば治る。だが、あまりに深く切り裂かれたケットリンテの頬には、繋ぎ合わせるために幾針もの跡が残されていた。貴族令嬢として、あってはいけない傷である。
ここはお馴染みロンド村の第8騎士団駐屯地である。
「意気込みは理解できましたけど、無茶が過ぎましたわ」
フォルテですら苦言を呈する有様である。
「まったくもう、仕方ないから名前を上げるわ。『傷跡の辺境悪役令嬢』、それなりに格好良いと思うけど」
「お父様とおそろいだね」
何が楽しいのか、ケットリンテが笑う。どうやら色々とふっ切れたようだ。
「それで、実務はどう?」
「お父様が色々手配してくれたし、フィヨルタから人材も派遣してくれたから、何とかなってる」
あの会議の後、旧クロードラントの文官勢はフィヨルタに集められた。代わりと言っては何だが、クロードラントの代官は信頼できる者か、フィヨルトから派遣された者たちに置き換えられた。
更に言えば、第2騎士団が怒りまくっていた。いや、自分たち自身にだ。如何に地の利があったとはいえ、不意打ちとは言え、第5世代甲殻騎を1騎奪取されたのだ。騎士団長サイトウェルは降格を申し出たが、それはフォルテに却下された。
「甲殻腱もスラスターも、向こうでは開発も運用も出来ませんわ。今後はそれを探る者たちが入って来るでしょう。取り締まりなさいませ。結果で償うのですわ」
フォルテは次に相手がどう出るか、完全に読み切っていた。ファイトンという天才技官と、フミネという発想の宝箱があったからこそ実現が出来、運用している技術なのだ。下地無くして何の成果が得られようか。ドライヤーでも作っていろ。
「国境は第2と第3、第11騎士団で厳重警備だよ。何とかなると思う」
「それは重畳ですわ」
とにかく信頼出来る者ということで抜擢されたのが、上記3騎士団であった。第7騎士団も送り込むという話もあったが、さすがにそれはやり過ぎなので却下された。君たちは甲殻素材を集めて来なさい、と。
ところで、ケットリンテがどうしてここに居るかというと、状況報告のためにフォルテとフミネが呼び寄せたからだ。山脈の向こう側の辺境伯を、ホイホイと呼び出す下地が出来上がりつつあったからでもある。
その名も『89式小型甲殻飛空艇』。簡単に言えばプライベートジェットだ。搭乗可能人数は10名程度であるが、堅牢にして簡素な造りがウリである。パイロットはなんと、フォルテを始めとする、フィヨルトの重鎮たちであった。自分で飛ばせと、そういうコンセプトで5機ほどが建造された。農務卿や外務卿、軍務卿などは大喜びであった。当然フミネは扱えない。ドライバー用の指貫グローブとはなんぞや。
型式からも分かるように、いつの間には時は過ぎ、大公歴は489年を迎えていた。
◇◇◇
『フィヨルトの秘密はロンド村にあり』
それは事実である。故に警戒は厳重とされ、出入りできる者は少ない。今では商人すら近づくことが出来ない状態だ。村で出来た余剰の麦などをバラァトで売り、必要物資を補充するという体制が出来上がっていた。担当は第8騎士団である。軍民融合の極致だった。
「はい、お疲れさん」
「貴様! クロードラントか!? フォートラントの恩を忘れたか!」
「忘れちゃいないけど今はフィヨルトの人間で、ついでにお嬢の配下なんでね。恨んでくれても構わないよ」
スラスターの運用が分からないなら探るしかないと、わざわざ冬山を越えてきた諜報部員をとっ捕まえたのは、ケットリンテ直属の例の特殊部隊であった。
ロンド村周辺に数か所配置されたデポを起点に活動する第8騎士団、クロードラント特殊部隊の一部、同じく新設された『金の渦巻き団』、『金の天秤団』を中心としたフィヨルト特殊部隊、加えて村人本人たち。全てがロンド村の警備員と化していた。
言ってしまえば、ロンド村に関わる全員が警備担当者という状況になっていたのだ。
「どうすんだよ、おい!」
フォートラント諜報部はその報告を受け、頭を抱えていた。
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