第155話 来ちゃった
「大公閣下がいらっしゃった!?」
フィヨルトのとある村での話である。その村の代官、一応男爵は心から驚愕していた。何と言っても事前に報告を受けていない。なんで北方の、しかも外れにあるこの村に。
「とにかく、出迎えてください!」
状況を伝達した男は、にべも無かった。知るかと、自分のせいではないと。
「ちょっと来てしまいましたわ」
「そ、そうですか」
隣近所の家を訪問するが如く軽口を叩く大公国の最高権力者に対し、代官は相槌を打つしかなかった。ちょっとしたハラスメントである。
「そ、それでこの度はどのようなご用件で」
「視察ですわ」
「抜き打ちだから仕方ないです」
「そうですか」
あ、この人たちは嘘を吐いている。代官は直感した。同時に目が死んだ。
大公閣下の背後に立つ甲殻騎、すなわちオゥラ=メトシェイラの姿が物語っていた。その騎体の背部には巨大とも言える翼が備え付けられていたのだ。ああ、女大公と聖女ともなれば、空を飛ぶことだって出来るのだろう。代官はそれ以上を考えることを辞め、如何に彼女らを歓待するかに思考をシフトした。
「ああ、お酒とか持って来ましたので」
「ついでにちょっと狩ってきますわ!」
オゥラ=メトシェイラの背嚢に格納されていた酒樽が降ろされた。そして、彼女たちは森へと去って行った。残された人々の気持ちはひとつであった。どうすんだ、これ。
かくして2時間後、この村始まって以来の宴会が開催された。
◇◇◇
「ままならないものですわね」
「いっぺんに遠くまで来れるのはいいんだけどねえ」
二人が言うのは、例の飛行ユニットについての評価であった。
何と言うかこう、飛ぶと言うよりか、砲弾が射出されたといった表現の方が適切だったのだ。確かに翼やスラスターによって、ある程度の制御は出来る。だが、それは着弾位置修正レベルの話であった。未だ空は遠いのだ。
「でも、一応は安定してるし、壊さなくなったし」
「パッカーニャとファイトンに怒られなくなったのは良い事ですわ」
さてここで、大公歴489年の晩冬、もしくは初春であるフィヨルトの状況だ。
乱暴な手順ではあったが、一応クロードラント問題は片が付いた。国境付近では、第2、第3、第11騎士団が相変わらず頑張っている。特に第3騎士団は色々と仕掛けをしているらしく、フミネから仕入れた『塹壕』という概念を戦術に組み込もうとしているようだ。機関銃どころか飛び道具もまともに無い世界で、塹壕戦とはこれ如何に。まあ、現在のMBTたる甲殻騎の進軍を、少しでも阻めればという意味である。なお鉄条網はフミネが思いついていないため、存在していない。
そして、先に語られた様に、甲殻騎だけではない戦力の増強を急いでいる。歩兵、特に特殊部隊の設立だ。ケットリンテから得られたノウハウと、フミネの思い付きを混合して、さらにニンジャ部隊を一つまみである。クロードラントを吸収したことで、フィヨルトの人口は5割ほど増えた。余剰を軍備に回す格好だ。
同時に、飛空艇の建造と、第5世代の拡充を急いでいる。工廠には申し訳ないことだが、そのための人員も送り込まれてはいるのだ。こうなると、フィヨルトの食料自給率の高さとサウスポートの塩が活きてくる。クロードラントの寒村を解体し、希望者に応じて職を振り分けていくことが出来たのだ。
これはフィヨルトの外面の変化の一端でしかない。また後に様々な事が語られるであろう。
「では、戻りますわ」
「そうだね。国務卿さんも怖いし」
フォルテとフミネは村で一泊した。大公が宿泊したという、とてつもない名誉を預かったはずの代官は、濁った眼のまま二人を見送った。
オゥラ=メトシェイラが周囲に熱風を吹き鳴らし、垂直上昇した後、南の方向へ消えていったのを見届けて、代官は膝から崩れ落ちた。
「お前たち、大公閣下の覚えも目出度いこの村を発展させるのだ。私も励む、皆も全力を尽くすのだあ!」
膝を付いた体勢のまま、代官はそう叫んだ。
後にフォルテとフミネの行いは、『大公の抜き打ち巡幸』として、関係各所で畏れられることとなる。
◇◇◇
さて、第12騎士団と第13騎士団である。3個中隊づつで、2個中隊はクロードラント、1個中隊はフィヨルタの第1騎士団から抽出された騎士で構成されている。騎士団長としては、第12騎士団長がリリスアリア・マート・スラストア士爵、第13騎士団長はラーンバード・シェル・ヤックトン士爵。共に平民上がりの士爵というちょっと考えられない人事だ。当然、騎士団員全員が士爵である。元貴族組が第11騎士団で、それ以外をなるべく第12と第13騎士団に振り分けた形だった。
本当は完全に解体して各騎士団に振り分けるという事にしたかったのだが、それをやると第5世代への転換が面倒になるという事情があったりする。
そういうわけで彼らは、第4騎士団と第12騎士団が合同で西方へ、第7騎士団と第13騎士団が北方へ甲殻獣狩りに駆り出されるという感じになっていた。
説明が長くなったが、そんな狩りの途中での野営の時間である。いくつかの焚火を団員たちが各々囲み、食事をとったり、会話をしたりしていた。
「慣れましたか?」
「あの、本当に敬語、止めてもらえると助かるんですけど」
第1騎士団からやってきたとある騎士、ちなみに第3中隊長と、第12騎士団長リリスアリアの会話であった。
「済みませんが、そういう訳にもいきませんよ」
「ああ、何でこんなことに」
「クロードラント男爵の推薦ですからねえ」
「わたし、平民上がりなんですよ」
「その点は安心してください。第1騎士団長もそうですから」
「へっ?」
「フサフキですけどね」
苦労人、第1騎士団長フィート=フサフキ・コース・ライントルートも今や子爵である。
「団長もその内、男爵にされるんじゃないですか。ああ、女男爵か」
「あああ」
リリスアリアは頭を抱えた。寒村出身の自分が男爵などとは、想像も出来ない。
「フィヨルトは実力主義ですから。自分なんかも子爵の次男坊ですけど、なんも優遇されてませんよ」
「貴族様なんですかっ!?」
「いえいえ、士爵ですよ。ただの」
実はこんな会話がそこかしこで為されていた。フィヨルトによる旧クロードラント懐柔作戦の意味合いもある。だがそんな事を気にもかけずに、ナチュラルにやってくる者も存在するのだ。
ごぉぉぉ。
遠くから、聞いたことも無いような音が、野営地に響いて来た。すわ、甲殻獣かと身構える者もいた。
どぉぉん。
それなりの大音の後に、気が付けば1騎の甲殻騎が現れていた。
「噂には聞いちゃいましたが、本当でしたか」
「な、なな、何なんです、アレ?」
「我らが大公閣下のお出ましですよ」
「閣下ぁっ!?」
呆れたような中隊長の言葉に、信じられないとリリスアリアが叫ぶ。
「みなさん、頑張っていらっしゃるようですわね!」
「お土産を持って来ましたから、一緒に楽しみましょう!」
そうして大公閣下と聖女様は、兵士たちと一緒に野営地で一泊して帰って行った。
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