第153話 クロードラントの落日
「……会議は一時中断ですわ。ケッテの治療を。急いでくださいませ!」
流石のフォルテも、ケットリンテの行為には動揺を隠せなかった。
19歳で未婚の貴族令嬢が、その顔に絶対に隠せないであろう傷を自ら負った。それが意味するところを、各人は考える。クロードラントの解体、そしてフィヨルトへの帰属、フォートラントとの決別。少なくとも新たな東方辺境伯にして、彼らのお嬢様はそういう道を選択したのだ。
1時間程の後、ケットリンテは戻って来た。顔の右半分を包帯が覆い、見るからに顔色は悪い。だが、それでも毅然と列に並んだ。それを見たフォルテも、退出を促したりはしなかった。
「フィヨルトにおいての爵位とは、ただの立場でしかありませんわ。つまり責任を負う者。民の上に立つものではありませんわ。共に並び、国を盛り立てる。それが出来るという、それを負うという覚悟のある者だけが、立ち上がりなさいまし!」
一部は素早く、もしくはゆっくりと、最後には全員が立ち上がった。その様子にフォルテは鼻を鳴らす。
「ただ一つだけ言っておきますわ。名誉ある平民となった彼らと、現状維持を望んだ貴方がた、どちらがフィヨルトに相応しいか、望まれているか。もう一度、自らの胸に聞くとよろしいですわ」
お前らの一部は、先ほど貴族位を剥奪された者たち以下だとそう言われ、一部の者が鼻白む。だがそれでも、何も言えない。
「大体30人ほどですわね。この中で騎士であり士爵となって戦う者、平民となって兵士となるか、農民となるか希望する者は手を挙げてくださいませ」
7名が手を挙げた。内訳としては騎士4名、兵士3名だ。要は、自分のソゥドに自信があり、ここから這い上がる方が得策であると考えた者たちである。
「残り全員は、貴族位を剥奪の上、文官といたします。ただし、能力次第では授爵もあることを明言いたしますわ。それは先ほど戦うことを選んだ者たちも同様ですわ」
やはりそうなるかと各人が諦めるか、命だけは助かったと思う中、空気が変わった。
「では全員、表に出てくださいな。わたくし自ら根性を叩き直してあげますわ!」
◇◇◇
ヴォルト=フィヨルタ内の訓練場に、旧クロードラント貴族たちが整列されていた。第11騎士団長カークレイドや既に殴られ終わった3名も含まれている。意外と根性があった。ケットリンテまでもが並ぼうとしたが、さすがにそれはフミネが羽交い絞めにして止めた。
「わたくし一人でお相手いたしますわ。順番など必要ありません。全員で一斉に掛かって来て結構! 一撃でも入れられれば、爵位を与えて差し上げますわ」
「では」
動けないでいる者がほとんどの中、カークレイドと例の3人が一斉にフォルテに襲い掛かった。
ばあん。ばあん!
それはビンタというには、余りに重たい音だった。気が付けば、4人はそのまま地面に倒れ伏している。ビクビクと蠢く者もいれば、ピクリとも動かない者もいた。どうしてビンタでこういう事態が起こりうるのか、旧クロードラントの者たちには理解出来ていない。こちらの者たちとてソゥドを纏っているはずなのに。
「どういたしました? 来ないと言うなら、こちらから出向くまでですわよ。フィヨルトの大公は前に出ることを厭いませんわ!」
そう言いながら、フォルテは優雅に歩を進める。その圧に押されるように、人混みが二つに割れようとするが、フォルテがそれを許すはずもなかった。
ばあん!
再び重たい音が響く。いつの間にか目の前に現れていたフォルテの右腕は、すでに振るわれ終わっていた。何のことはない、ただ大きく踏み込んだだけのことだ。ただし極限の緩急でもってやってのける。それがフォルテの技量だ。
「立ち向かいなさいな! 逃げると、当たりどころが悪くなるかもしれませんわよ」
それすなわち、死を意味していた。それが伝わった者たちは、流石に動き始める。1対1では話にならない。
「取り囲め、とにかく同時に掛かれ!」
「クロードラントの最後の意地だ! 届かなくてもいい。それでもやるんだっ!」
「背を向けて倒れるな!」
「最後の最後で、やっと目が開きましたわね。少しだけ見直しましてよ」
フォルテが嬉しそうに笑う。今日初めての表情だった。そして、そのまま優雅な舞踏のように、彼女がくるくると回転を始める。半回転ごとに軸が入れ替わり、複雑な歩法が相手を幻惑させる。フォルテが通りすがる度に、鈍い音と共に誰かが崩れ落ちる。
だがもうクロードラントの者たちは、動揺もしなければ、戦意を失ったりはしなかった。最後の輝きと、そして新たな主に敬意を込めて、最後の一人まで逃げることなく戦い、敗れたのだ。
その日、地名とひとつの家名を残し、クロードラントは事実上解体された。
◇◇◇
「そうか」
その報告を聞いたフォートラント国王ウォルトは、静かに答えただけだった。
「融和策を諦めたようですな。先の事件が要因となったのかと」
「分かっている。が、仕方があるまい。我らが取り戻し、諸家を復権させるだけの事だ」
「御意」
宰相は静かに頭を下げた。この王ならばやってくれるはずだ。希望的観測ではあるが、それでも宰相は信じたかった。材料はある。それこそクロードラント解体の原因となった、その事件で得られたものだ。
「では、陛下」
「うむ」
「ご報告を致します」
少々長めの挨拶を終えて報告を開始したのは、王国技術部の担当官であった。彼は直言を許された状況に、感動を覚えながら用意した図面を取り出した。同席者は、騎士団長、参謀部高官、諜報部担当者などである。
「ほぼ大破状態からの復元ではありますが、フィヨルトにて『第5世代ジム・スレイヤー級』と呼称されている甲殻騎であります」
図面には復元された上で、実際に戦った連隊騎士の意見を参考に仕上げられた甲殻騎が描かれていた。
「外見上で大きく異なるのは、まず下半身が細く、それに比して上半身が大きく取られていることです。これは後にご説明させていただきます『スラスター』を有効活用すると同時に、フサフキを使う上で重要な肩、肘などを強固にしているためだと考えられます」
第4世代甲殻騎を作り出した王国技術部とて伊達ではない。その分析は正確であった。
「そして、何よりも重要な点がふたつございます。ひとつは『スラスター』と呼ばれる跳躍装備、そして甲殻腱です」
「甲殻腱?」
ウォルトが疑問を呈する。別に甲殻腱を知らないわけではない。それがどう違うのかということだ。
「はっ、詳細を検査したところ、太さこそ倍になっていますが、強度では4倍、ソゥド伝導率で3倍強という数字となりました。すなわち、即応性が5割増しとなることを意味いたします」
「何と!」
「それは本当なのか!?」
軍部関係者から思わず声が上がる。
「間違いございません。さらに用途に合わせ、強度を上げたもの、太さを調整したものなど、複数の種類が使用されております。そして『スラスター』、さらには各種関節、特徴的な足首にもこの甲殻腱が使用されておりました」
「第5世代の根幹技術ということか」
「その通りにございます」
王の聡明な理解に感銘を覚えつつ、担当官は説明を続けていった。
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