第152話 誉れ傷
「ヴィートランダー子爵家を伯爵へと陞爵する。また、作戦に関わった全員を記録し、忠国の志として王国史に残せ」
「畏まりました」
報告を受けた国王ウォルトは涙こそ流さなかったものの、眉を寄せ、ぐっと何かを堪える様に指示を出した。宰相も似たようなものである。たとえフィヨルトに墜ちようとも、フォートラント貴族の矜持を付きつけられ、王は天に勝利を誓った。
◇◇◇
「完全にやられましたわね」
「申し訳、ございません……」
「……ごめんなさい」
フォルテの目の前には、床に頭を叩きつけて額から血を流している辺境伯と、握りしめた拳から、これまた血を垂れ流しているケットリンテがいた。
他の参加者は、国務卿、外務卿、軍務卿、そしてライドとフミネだ。
「クーントルト。対策は?」
「……配置転換と分散、かな」
いつもなら歯切れのよいクーントルトが、戸惑いがちに言った。辺境伯親子に気遣った形だ。
「全てを受け入れます。その上で、処罰を」
「……処罰はいたしますわ」
「はっ」
「ですがそれでも今回の一件は、わたくしの落ち度ですわ」
フォルテはすでに決意した表情であった。
「わたくしは何のために王都に3年いたのか、思い知らされましたわ。自らが騎士になりたい、王太子妃としてあらねばならない、そうして視野を狭めていましたわ。幾らでもフォートラント貴族を知る機会があったのに、そんな近視眼的な自分をどれだけ責めても足りませんわ」
血を吐くように綴られたフォルテの述懐を、会議室にいる皆が清聴していた。フォルテとて人間だ、落ち度もあれば先を見通す未来視なども所持していない。
だが、どうしても悔しかったのだ。自分が空を飛ぼうと遊び惚けていた間に、こんな事件を起こされるなどと。
間違いない。これは自分の中途半端さが起こした事態なのだ。
「二度と起こさせませんわ。辺境伯。クロードラント貴族と連なる者たちを、全てお呼びなさい。飛空艇の使用を許可いたしますわ」
「閣下、それはっ!」
思わず国務卿が引き留めようとする。しかし、フォルテは一顧だにしなかった。
「機密を漏らすような者は、フィヨルトには不要ですわ」
「フォルテ……、やるの?」
「やりますわ」
叩きのめす気だ。フォルテならやる。機密やら裏切りやら、そんな気も起こせない程度にぶっちめる気だ。フミネは正確にフォルテの意志を掴み取った。
「そう言えば、子弟たちとは喧嘩をしましたが、親御さんはまだでしたわね」
確かに『ジェムリア事件』は、中央にフィヨルトの技術の一部をもたらすだろう。それが歴史のターニングポイントになるかもしれない。だが同時に、フィヨルトの女大公に覚悟を決めさせる切っ掛けともなった。これもまた歴史の転換点となることを、後に世界は知ることになる。
◇◇◇
「以上が事件の顛末ですわ」
氷より冷たい声が大広間に向けて発せられた。最初から最後まで包み隠さず、事件の全容がフォルテによって語られたのだ。
貴族たちの表情はそれぞれであった。天晴れと思う者も、馬鹿な事をと苦虫を噛む者も、そして自分にとばっちりが来ないように祈る者もいた。そんな彼らに与えられた裁可は平等なモノである。
「意見や感想のある方はいらっしゃいます?」
「誠、忠義の現れ。私はフォートラント貴族として、ヴィートランダー子爵家を称賛致します!」
覚悟をキメにキメた3名の男爵が立ち上がった。フィヨルトの機密に触れてしまった以上、国外追放はあり得ない。ならば死するのみ。
「その意気やよしですわ! フミネ!」
「ん」
どずん!
フォルテの傍らにいたフミネが大きく踏み込み、肘でもって3人の男爵を次々と打ち倒していった。さらに崩れ落ちた彼らを平手打ちで覚醒させた。
「貴方たち全員を含め一族郎党、今からフィヨルトの平民ですわ。北部開拓を命じますわ。詳しくは農務卿の指示を仰いでくださいませ」
「……畏まりました」
彼らは痛みを堪えながらも、それでも敵意を燃やした目でフォルテを見た。それで良い。反発した者を心意気程度で許す気などないという事を、知らしめることが出来る。
「さて、今回の件を受けて、人事を刷新することをお伝えいたしますわ」
どう考えても降格人事だ。クロードラント貴族たちは喉を鳴らした。
「まずは、クロードラント辺境伯ですわ。辺境伯爵位を剥奪。男爵と致しますわ」
「はっ!」
いきなりの3段階降格に周囲は驚きを隠せない。
「以後、カークレイド・ゲート・クロードラントは、カークレイド・スカー・クロードラント男爵を名乗りなさいませ。『スカー』とはニホン語で傷跡を意味しますわ。組下を統率できなかった事実を受け止め、以後精進なさいませ」
「畏まりました!」
「同時に新設する第11騎士団長に任じますわ。次は無いと思いなさいませ」
「謹んで拝命致します」
今度こそ会議場が騒めいた。「第11騎士団」とはなんぞや。
「説明を後回しにしてしまいましたわね。クロードラント領軍は完全に解体いたしますわ。その上で、フィヨルトの軍制に合せ、第11、第12、第13騎士団を新設いたしますわ」
この辺りで各々が気付き始めた。この女大公はクロードラントを解体するつもりだ、と。
「カークレイド男爵に命じますわ。第12、第13騎士団長を指名してくださいまし。同時に、騎士団員の選抜もですわ」
「身命を賭けて!」
ここにまず、旧クロードラント領軍の解体が決定された。
◇◇◇
「そしてケッテ、いえ、ケットリンテ・ジョネ・クロードラント。あなたは今からケットリンテ・ゲート・クロードラント。つまりは東方辺境伯ですわ」
「え!?」
「たとえ裏切者と目されても、旧クロードラントの人々を守る。出来ますわね?」
「……」
その問いかけにケットリンテは無言であった。そして、懐から何かを取り出す。それは瀟洒な飾りを帯びた一振りのナイフであった。
「ケッテ!?」
「何を!」
「閣下を守れぇ!」
広間が騒然とする。フミネは動けず、それ以外のフィヨルトの者たちは、フォルテの前に立ちふさがった。
「大丈夫、だよ」
がくがくと震えながら、ケットリンテは手に持ったナイフを自らの頬に当て、それを一気に引き下ろした。裂けた頬から、血がぼたぼたと床を汚す。
「ケッテぇぇ!」
思わずフミネが駆け寄り、ナイフを弾き飛ばした。
「ぐ、ぐくぅぅ。いいの、フミネ……」
余りの痛みに、ケットリンテの両目からは大粒の涙が零れていた。体の震えも止まらない。
「何がいいのさ!?」
「フォートラント貴族は、傷物令嬢なんて欠陥品。だけどフィヨルトでは、それが誉れ傷になることも、あるんだよね」
「そりゃそうかもしれないけど、自分で傷つけたってさあ!!」
「フミネ、どいて」
フミネより遥かに弱いはずのケットリンテの圧が放たれる。思わずフミネは避けてしまっていた。
「閣下、謹んで東方辺境伯の任、お受けいたします。ボクは絶対にこの地を、フィヨルトを守り抜きます。この誉れ傷に賭けて」
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