第151話 ジェムリア事件




 そんなフォルテとフミネがバカをやっている頃、クロードラントのとある代官屋敷で、代官と商人がやりとりをしていた。応接室は実に質素であった。私財没収の憂き目にあっていたのだ。更には先日、管轄する村の一つが消え去った。フィヨルトへ移住してしまったのだ。当然抗議もしたが、簡単に突っぱねられ、怒り心頭のところに現れたのが、その商人だった。


 代官である子爵からしてみれば不当極まりない行為であり、フィヨルトからすれば、搾取を躊躇わない悪徳貴族という事になる。フィヨルトももう少し手心を加えておけば、今後の展開は無かったかもしれない。いや、どうせ譲ったところで同じ結果か。



「それは真か!?」


「はい。こちらをご覧ください」


 商人によって提示されたのは、王国銀狼勲章と国王によるサインの入った勅令であった。


「私たちもここで商人を辞めることになります。全力でもって協力をお約束いたします」


「そうか、そうか」


 その子爵はボロボロと涙を零しながら、何度も何度も頷いた。


「フィヨルトが如き、西方の蛮族に支配されるなど我慢がならん。それを陛下はご理解くださっていたか」


 随分と都合の良い解釈ではあるが、子爵の心の内で、それは確定事項であった。



『フィヨルトを脱出せよ。その際、新型騎を騙る甲殻騎を奪取せよ。さすれば、帰国の暁に栄達は約束されるであろう』


 子爵とて馬鹿ではない。事前に勲章が与えられたことからも、これは死を前提とした命であることは分かる。だが、それでもやらなくてはいけない。それがフォートラント貴族の義務なのだから。


 その方向性が民草に向いていない事を除けば、まあある意味正しい考え方であった。



「勿論、二の矢、三の矢は用意してあるのだろうな」


「当然です。ですが、御家が真っ先に勅命を全うしてくださるのが、最善と思っております」


 言われた当事者、ポールバート・エクノ・ヴィートランダー子爵が考え込む。


「御家には騎士様がいらっしゃるとか。そちらのスジから、どうですか?」


「よかろう、乗ってやる。ただしこれは、王家への忠義とフォートラント貴族としての誇りであることを忘れないでおいてもらいたい」


「その青き血に敬意を表します」



 ◇◇◇



 実は当初、勅命は『情報収集してからの脱出』もしくは『サボタージュ』であった。だが直前になり、参謀部から横やりが入ったのだ。『新型甲殻騎の奪取』。もはや死ぬかもしれないから、死んでも構わないに方向がずれていた。だが、それが必要であるという結論もまた、間違ってはいない。


「先の圧倒的敗北の理由は二つ。ひとつは地の利と敵の戦術です。もうひとつが第5世代を名乗る新型甲殻騎ですが、こちらが遥かに重要です。技術差が全く見えません。しかも1騎すら鹵獲出来ていないのです。これでは今後、作戦計画、ひいては戦争立案に重大な影響を及ぼします」


 参謀部担当官の弁である。そしてそれは全くもって正しかった。


「仕方あるまい」


 流石に貴族の命がかかるとなれば、宰相も王に報告し、そして了承を得た。国のために命を賭けるのも貴族の役目。繰り返しになるが、それが少々だけでも民に向いていればと言えるが、フォートラント貴族の常識はそういうものだった。



 ◇◇◇



 狙いはジェムリア村近郊にある、第2騎士団第2中隊詰め所だった。スラスター装備を見れば一目瞭然であるが、4騎の第5世代甲殻騎が運用されている。ヴィートランダー子爵の手の者と商人たちは、10日間をかけ、警備体制などを調べ上げた。そして計画を立てる。


「まずは第2騎士団の倉庫で騒乱を起こす。火も着ける。これは私が30名を引き連れ、手ずからやる」


 もうこの段階でヴィートランダー子爵の死亡は確定である。その思いに周囲は息を呑む。


「火の手を確認した後、ジェムリアの反対側にあるクロードラント駐屯地から3騎を奪取し、それを差し向けろ。6名の騎士は……」


 子爵の作戦説明が続く。


「最後に、リーンカルドとミーアスタだ。何としてでも新型騎を奪取しろ。そして村を縦断し、混乱させながら、クロードラント駐屯地を目指せ」


 その騎士として、ヴィートランダー子爵の一人息子リーンカルド士爵とその妻、ミーアスタ士爵が選ばれた。完全に死を前提とした人選だ。そういう意味では実に貴族らしい姿ではある。亡き妻と先祖に申し訳ないと思いつつも、子爵は話を続けた。


「協力者がいるのですか?」


「いない。だから叫べ。フォートラント貴族の明日の為にと」


 子爵は息子のリーンカルドにさえ、賭けを命じた。


「そして」


 子爵の計画を共有し、詳細を詰めながら密談は終わった。結構は明日の夜。日和者など出す暇すら与えない。



 ◇◇◇



 翌払暁の2時間ほど前、ヴィートランダー子爵を始めとする決死隊30名が、第2騎士団詰め所近くの森に潜伏していた。古くからの領地であり、地の利はこちらだ。しかも空は雲に覆われていた。


「これも天啓か。やるぞ」


 なるべく音を立てず、それでいて迅速に物資集積倉庫を目指し、火を付けた油壷を投げつける。慌てふためく監視に襲い掛かり、丁寧に首を折っていく。商人転じて、襲撃者は実に有能であった。炎と煙が遠くからでも判別出来るようになる頃には、半鐘が鳴らされ、詰所の動きが慌ただしくなってきた。ここからは、死人は必要ない。適当に近くの者を負傷させ、混乱を拡大させるだけだ。


「来たか!」


 そこに突っ込んできたのは、クロードラント所属の甲殻騎3騎だった。


「フィヨルトの蛮族どもを打ちのめせえ!」


「全部だ。全部ぶっ壊せ!」


 あたかも、クロードランド全てが裏切ったかのような物言いで、甲殻騎が暴れ出した。特に狙いは、第5世代騎である。炎の灯りでもって、識別は簡単だった。ただし1騎だけは無傷で残す。


「やらせるな! 全騎搭乗だ! スレイヤー級を壊させるなあ!!」


 流石にフィヨルト側も、相手の狙いに気が付いた。これは破壊工作だと。半分正解であるが、概ね間違いだ。そしてその隙を突き、リーンカルドとミーアスタが1騎の第5世代騎に取りついた。ご丁寧に、フィヨルト色の騎乗服を身に付けていた。



「何だこれはっ!」


「反応が良すぎる。凄い」


 リーンカルドとミーアスタ両者の感想はそれだった。なるほど、こんな性能を持っていれば、先の大敗も理解できる。だが、スラスターを動かす事は出来なかった。あれだけは、独自の訓練が必要なのだ。それでも、大混乱と味方が騎乗したものと誤解した周囲のお陰で、二人は詰め所をを離脱することに成功したのだ。


「どけどけどけぇ! 怪我をするぞ、死にたいかあ!」


 リーンカルドが大音声を上げながら、村を縦断する。さらにはリーンカルドとミーアスタの操縦が冴えた。なまじっか二人は有能であったのだ。



「聞けえ! フォートラント貴族達よ。私はリーンカルド・カルク・ヴィートランダー! 思うところがあるならば、道を開けろ! 後ろを塞げ!」


 そう叫びながら、騎体はクロードラント駐屯地の横を抜け、フォートラント国境を目指した。


「後ろは混乱してるみたい」


「そうか。心ある者たちはいてくれたか」


 多分、自分たち以外、今回の一件に関わった者たちは命を落とすだろう。分かっていても、二人は涙を止められなかった。



 そしてついに到達したのは、フォートラントとフィヨルトとの地形国境にあたる、ジェムール峡谷である。深さは約50メートル、幅は80メートル。落ちれば死ぬし、第5世代騎の跳躍でも対岸までは届かない。もし二人がスラスターを使えたならば、着地だけは出来たことだろう。


「結局、背中の筒、動かないね」


「悔しいなあ」


「いいよ、一緒だから」


「ああ、行くぞ!」



 そうして、二人と1騎は渓谷に飛び込んだ。



 ◇◇◇



 リーンカルドとミーアスタの搭乗した第5世代ジム・スレイヤー級甲殻騎が崖下に落着した直後、渓谷の反対側からフォートラント所属の甲殻騎が現れ、『2名の遺体と1騎の甲殻騎の残骸』を甲殻の欠片一つ残さず搬出していった。



 これが後に『ジェムリア事件』と呼ばれる、連邦動乱のターニングポイントとなった事件の経緯である。


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