第150話 リフトオフ!




「各部、最終動作確認」


「了解。……動作確認終了!」


 スラーニュの言葉にフミネが返す。オゥラ=メトシェイラの各種スラスターと、背後に付けられた翼がみょんみょんと動く。なんと新装備は可変翼だったりするのだ。


「甲殻翼固定。全スラスター離床位置へ固定」


「了解ですわ!」


 最初の試験はフミネが思い描くような、走りながら飛ぶ立つものでは無かった。垂直離陸。やってることはロケットの発射みたいなものだ。オゥラ=メトシェイラに装備されたスタスターと今回の装備を合せれば、理屈上では合計推力重量比が1を軽く超える。すなわち普通に垂直離陸が出来てしまうのだ。ただしそれは、搭乗者のソゥドに依存する。すなわち思いの強さが空を制するのだ。



 オゥラ=メトシェイラに装備された13本と、追加された巨大な2本の内、11本が地面に向けて固定される。


「離床位置確認。11番、10番、噴射開始」


「了解。噴射開始」


 フミネの復唱と共に、斜め下に向けられた上腕のスラスターが稼働を始めた。


「6番、7番、噴射開始」


「了解。噴射開始」


 次々とスラスターが熱風を噴き出していく。


「1番から5番、噴射開始」


「了解。噴射開始」


 フミネが淡々と復唱を繰り返しながら、オゥラ=メトシェイラはついに、全てのスラスターに火を入れた。


「状況はどうですか?」


「行けますわ!」


 スラーニュの問いに対し、フォルテが元気に返事をした。



「最終段階入ります、101番、102番、噴射を開始してください」


「了解!」


 ついに、追加装備した2基の大型スラスターもが稼働を始めた。発射台? に立ったオゥラ=メトシェイラの周囲に、熱風が吹き荒れる。


 すでに踵は浮いていた。つま先立ちの様な状態で、オゥラ=メトシェイラは拘束腱で固定されている。


「全操作委任。予定通り自立行動へ移行!」


「頂きました! スタンドアローン!」


 フミネも元気よく叫ぶ。この世界には通信装置も遠隔操作も存在しない。フォルテとフミネの二人きりで、空への旅が始まるのだ。



 ばつんっ! ばつんっ!



 小気味良い音を立てて拘束腱が外れていく。


「飛びますわよ、オゥラくん」


「いくよ! オゥラくん!」


 何となく旧名称で呼ばれたオゥラくん、オゥラ=メトシェイラが宙に浮いた。


「フォルテ、推力上昇。赤ふたーつ!」


「了解ですわ! 赤ふたつ!」


「オゥラ=メトシェイラ、リフトオフ!!」


 そうして、二人は飛び立った。



 ◇◇◇



「飛べっ!」


 ファイトンが叫ぶ。


「飛んで!!」


 スラーニュも叫ぶ。


「飛べええええ!」


 何事かと見物に来ていた第8騎士団の面々もだ。アーテンヴァーニュもバァバリュウも含まれていた。


 そんな声に押されるように、ぐんぐんとオゥラ=メトシェイラは真っ直ぐに上昇していく。そして、揺らめいた。ぐにゃりと歪な軌道を取りながら、手足をばたつかせているのが遠目にも分かってしまう。ああ、アレはだめだ。


 数秒の後、オゥラ=メトシェイラは森の奥へ消えていった。


「……救助! 救助おおお!」


 珍しく我を忘れたかのようにバァバリュウが叫んだ。もしもの為にと控えていた甲殻騎たちが、落下地点目指して跳躍前進を始めた。



 落下現場は酷い物だった。バッキバキに木が折れ、オゥラ=メトシェイラが落下してから数十メートル転がったのが、よく分かる光景だった。


「いやあ、死ぬかと思ったよ」


 どこぞのオモシロ外人みたいな事を言いながら、フミネは操縦席から這い出してきた。


「失敗ですわ。ですが、確実な前進ですわ。そうですわよね、フミネ」


「うん、飛んだのは間違いないから、ここからだね」


 こいつら、全然諦めていないと、周囲はため息を吐いた。



 ◇◇◇



「空から森に突っ込んだって聞いたんだけど、何で騎体が無事なのか不思議だよ」


 工廠長パッカーニャは呆れ顔だった。


「外見は無事かもしれませんが、何処がどうなっているか分かりませんわ。申し訳ありませんけど、全身検査をお願いいたしますわ」


 フォルテが頭を下げる。フミネもそれに倣った。大公自身と、フィンラント家長女の謝罪である。フォートラントの連中が見たら、どうなることやら。そこには威厳も格式もへったくれもなく、やっちまったイタズラ娘たちがいた。


「分かったよ。3日くんな。こっちも忙しい最中に面倒くさい話持ち込んでさあ」


 言葉はきついが、表情は楽しそうにパッカーニャは二人を追い出した。



「怒られちゃったね」


「仕方ありませんわ。それより問題は、ファイトンですわ」


 そうなのだ。新造された甲殻翼は、スラスターこそ無事だったが、翼はバキバキに折れてしまったのだ。それを見た、ファイトンが膝から崩れ落ちた姿は、今でも脳裏に焼き付いている。どうしたものやら。と言うか、もう一回造ってと言わなければいけない二人の心中もまた、穏やかではなかった。



 その後、フォルテはフミネを抱えて、空を飛びまくった。個人用スラスターとハンググライダーとは形状が違う例の可変翼を腰に装着し、飛んでは落下、飛んでは墜落を繰り返した。


「ねえ、なんで何も出来ないのに、わたしは付きあっているのかなあ」


「フミネと一緒でなければ、感覚が掴めませんわ」


 繰り返しになるが、断じてこのお話は百合ではない。



 そんな二人を後目に、ここが差を縮めるチャンスとばかり、アーテンヴァーニュは訓練に勤しんでいた。自分の身に付けた『バルトロード』とフサフキの融合、それが彼女の目指すところであった。


「押し込むんだよ、もう半歩、いや1センチでいい。押し込むんだ」


 そうして、自分の槍を何度も何度も突き出していく。


 基本、逆歩で腰を存分に入れた突きが『バルトロード』のウリである。だがそこからもう一歩、突き出した瞬間から順歩に切り替え、脚の捻じりを主体に、上半身押し付けるように槍を繰り出す。いつしか彼女の突きは、間合いと軌道と力の載りが読めない、新たな槍術へと変貌を遂げようとしていた。



 ◇◇◇



「ええ、直りました、直しましたよ。殆ど新造ですけど」


 ファイトンが新たな翼を持ち込んだのは、初回試験から2週間ほど後の事であった。


「待ちわびましたわ!」


「急かしてごめんね」


「そういうのはいいですから、もう壊さないでください。それだけで報われますので」


「では、試験準備をしますね」


 スラーニュがハイライトの消えた目で、試験を急かした。ちゃっちゃとやれと。



「なんか怖いんだけど」


「奇遇ですわね。わたしくしもですわ」


 フミネとフォルテは謎の悪寒に襲われていた。謎でもなんでもない。自業自得であった。



 そして翌日。第2回試験でオゥラ=メトシェイラは二人を乗せて飛んだ。そして墜落した。


「あはっ、あはっ、あはははは! 直しますよ。造り直せば良いんでしょおぉぉ!」


 ファイトンが狂ったように笑う。その様は、納期寸前に謎のバグを見つけたエンジニアの様であった。当然そんな例えは、この世界では通用しない。



 空はまだ、果てしなく遠かった。


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