第149話 フォートラントだって負けてはいない、そして





「敗因の分析は必須だと思うのだが?」


「は、ははっ! 思いまするに、弱敵と侮ったとしか。我が国フォートラントは強国故の」


「黙れ」


「ははぁっ!」


 フォートラント王国第4連隊長は針の筵の上にいた。ちなみに彼は伯爵である。王国伯爵が国王陛下に糾弾されるなど、不名誉の極みに他ならない。全ては、西方辺境クロードラントの田舎者どもと、蛮族たるフィヨルトのせいだ。


「観戦武官からの報告も届いている。監視もまともにせず、敵が近づくのにも気が付かず、終いには空から甲殻騎が降って来て為すすべもなく蹂躙された。そうだな」


「そっ、それは、……いささか誇張された報告かと」


 観戦武官からの報告は事実であった。ただし、第4連隊長の言い訳も真っ当でもある。どこに痕跡も無く山脈を越えて、あれだけの甲殻騎を繰り出せるのか。どうやったら空から敵が降って来るのか。


「宰相」


「はっ!」


「この者が宰相派であることは、私もよく理解している。だがな」


「私の不明を恥じるばかりでございます。この者に関しましては、相応の処分が妥当かと存じます」


「良きに計らえ」


 ここに第4連隊長の貴族生命は終わりを告げた。声も無く、近衛に引きずり出されていく連隊長を見て、国王ウォルトはため息を吐いた。



「勝てるのか? フィヨルトに」


「国力で圧倒している上に、戦力もございます。ですがそれに加え、策を講じる必要があるかと思います」


「そうだな。出来れば内側から崩したい」


「ご明察にございます。クロードラントには現政策を不満に思う層もあるでしょう」


「クロードラント貴族か」


 誰にでも優しい王などというのは虚像だ。そこにいるのは、有能な人材には相応の対応をするという、ある意味真っ当な執政者だ。元々そういうタイプではあったのだが、先の敗戦を経て、その傾向は強くなっていた。ライドとの友情は感じてはいる。だが、それとこれとは別だ。


「焚きつけるのか?」


「クロードラント侯、いえ、今は辺境伯でしたかな。彼がいる限り、大物は無駄でしょう。ですが、犬を餌に誘うくらいは可能かと存じます」


「撤回せよ」


「は?」


「困難な事態に立ち向かうのだ。能力はどうであれ、相応の敬意を払うべきだ」


「申し訳ございません」


 宰相は感心していた。自分の口車に乗せられ、婚約破棄騒動を起こした者とは思えない。そして宰相はそれを好ましく思った。この王ならば、自分と同じ道を選んでくれるのでは。


「では、事前に勲章を与えるというのはいかがでしょう。さらに成功の暁には、相応の立場も」


「良い。やれ」


 勝つ事こそ正義。あらゆる手段を以てしても、勝たねばいけない。それを王は理解しつつあった。



「後は南側だな」


「諸国は概ね了承はしています」


「サウスダートはどうだ」


「あちらも理解は示していますが、同時にフィヨルトを恐れてもいます」


 それは南部諸国に対する、帝政化の進捗確認だった。


「そうか……」


 王と宰相の密談は続いた。



 ◇◇◇



「慣れろ慣れろ、サク・スレイヤー級は追従性が凄いよ」


 アーテンヴァーニュの檄に応え、彼らは必死に自騎の挙動を体感していた。クロードラントの騎体に新型甲殻腱を通しただけではあるが、これまでとは異次元の動作に彼らは当惑していた。スラスターは装備されていない。要は挙動の速いフォートラントの騎体を想定しているのだ。ちなみにネーミングは例によってフミネである。サクサク造れて、サクサク動くかららしい。


 第8騎士団は南方の狩り、農作業、各種実験、そして教導と忙しい。そこに加えてアグレッサー中隊を新設したのだ。「第8騎士団は1日8時間甲殻騎に乗っている」などという、まことしやかな噂すら流れるほどだ。実際は10時間乗っている者も結構いたりする。黒い。



「うりゃー!」


「ですわぁ!」


「何なんです? アレ」


 とあるクロードラント騎士がアーテンヴァーニュに聞いた。


「あれはねえ。タンブリングとかいう動きらしいよ」


 オゥラ=メトシェイラは、軽い助走の後、側転から後方宙返りを繰り返し、最後に伸身で捻り入れながら華麗な宙返りを見せ、ふわりと着地した。男子体操床を彷彿とする動きである。スラスターあってのモノでもあるが、二人がソゥド全開で空間把握能力を高めているからこそできる芸当だ。


「意味、あるんですか?」


「さあ? 本人たち曰く、甲殻騎の可能性の追求だって。でも楽しそうだから、いいんじゃない?」


「そういうものですか」


 可能性とはなんぞや。騎士はフィヨルトの気風に戦慄していた。



「中々の仕上がりですわ」


「うん、後はこれをどうやって戦闘に織り込むかだね」


「正面から突撃して、相手の上を飛び越えてしまえば面白いですわ」


「はははっ、確かに。ばっちり後ろを取れるね」



「なんか凄いこと言っていますよ」


「でもアンタ、アレが正面からから突っ込んできたら、どうする?」


「動けないと、思います」


「まあ初見殺しなんだろうけどねえ」


 クロードラント騎士は戦慄に続いて、寒気を感じていた。



 ◇◇◇



 そして数日後、ここはロンド村南方にある、超機密実験場である。


「いよいよ出来たんだね」


「苦労しましたよ」


「素晴らしい造形ですわ」


 ファイトンとスラーニュが持ち込んだのは、オゥラ=メトシェイラ専用というか、フォルテとフミネ以外には扱えないであろう代物だった。


 オゥラ=メトシェイラの腰に備え付けられたソレは、左右に巨大なスラスターが装備された翼だった。すなわち『フ式壱号試作飛行装備』。甲殻騎が空を飛ぶための装備であった。スラスターはオゥラ=メトシェイラの背中と同じ大型個体から製作された2本。翼はこれまた大型個体の背中から胸にかけた幅広の甲殻を複雑に組み上げて造られている。


 もちろんフミネのリクエストであった。凧やらハンググライダーや、そして飛空艇から得られた空力ノウハウを存分に活かした、フィヨルト工廠渾身の一作である。


「うん、これは飛ぶ。飛べる。間違いなく飛ぶ! ほらフォルテも」


「飛びますわ! 飛べますわ! 絶対に飛びますわ!!」


 ソゥドとは意志の力なのだ。



 余り思い出したくないことであるが、オゥラ=メトシェイラが最初に稼働した時、確かに飛んだのだ。それはまあ、フォルテの制御が効かなくなり、フミネがそれを全部スラスターに回したから実現したことではあるが、それでも飛んだことは間違いないのだ。ならば、スラスターを追加して、羽を付ければどうなるか。それが今回のコンセプトである。最難関は強度であったが、工廠を甲殻を絶妙に重ねることで翼としての形状を実現した。


 そう、前回の会議でフミネが絶賛したように、フィヨルトの工廠もまた、成長を続けていた。大量生産と、主にフミネの無茶振りに付き合わされた結果である。同時にフミネによる科学的、統計的試験方法も導入され、開発速度は確実に上がっている。フォートラントを始め潜在敵国が全く視野に入れていない分野で、フィヨルトは大きく飛躍していたのだ。『創造の聖女』は、まさに工廠関係者に福音をもたらしたのだ。


「『創造の聖女』発案した装備。イケますわ」


「あはは、照れるよ」



 フィヨルト工廠とフォルテと、そしてフミネによる大空への挑戦が、今始まろうとしていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る