第148話 みんなはそれぞれ凄いんだよ!




「あまりケッテばかりを持ち上げると、彼女が溶けてしまいますわ。それに、周りも嫉妬してしまいますわよ」


「あ、ごめんなさい。そういう意味ではないんです。ただ、ケッテは凄いんだぞって言いたかっただけで……」


 さすがの持ち上げ過ぎに、フォルテはフミネに釘を刺した。


「あははははは! いいじゃないか!! 本当の本物なんだろう? 聖女様のお墨付きだ」


 大笑いをしたのは軍務卿クーントルトだった。


「いや、その」


 ケットリンテは縮こまっている。頬が少々赤い。


「あ、いや、ケッテだけじゃなくってっ!」


 フミネがあわあわとしながら、喋り始めた。


「大体、クーントルトさんだって凄いじゃないですか。フサフキだし、軍務卿になっても全然動じないで、ちゃんと統括出来てるじゃないですか」


「はははっ! これは買いかぶられたねえ」


 それでもクーントルトは嬉しそうだ。


「ライドだってそうですよ! わたしのために、王様にまで言い返したんですから。わたしにはそんなこと、出来ません。その時、外務卿もシャーラも一緒になって怒ってくれたんでしょう。凄いですよ!」


 フミネの叫びに似た言葉は続く。


「ヴァーニュだって、アレッタだってコボルだって、パッカーニャさんも、ファイトンもスラーニュだって……」


 いつしか鼻を鳴らしながら、フミネは言葉を綴っていった。


「騎士団の皆さんも頑張ってるじゃないですか。農務卿なんて、村を全部自分で視察してるじゃないですか。国務卿はわたしの我儘に予算付けてくれたじゃないですか」


 フミネこそ泣きながら語っているが、周りの皆は、いつしか温かい目になっていた。


「……あれ?」


 そして気付いてしまった。なんで皆自分を見ているのかと。


「わたくしを褒める言葉が入っていませんわ」


 容赦なく入るフォルテのツッコミであった。


「まったくもって『悪役聖女』も大変ですな」


 国務卿の横やりで、この場は一応収まった。



 ◇◇◇



「全く、わたしは何で」


「知りませんわ。フミネが勝手に暴走しただけでしょう」


 顔を真っ赤にして俯くフミネに対し、つっけんどんとフォルテが返した。未だ自分が褒められていないことが悔しいらしい。だが、今更だ。フォルテの凄さは、フミネだけではない、ここに居る全ての面々が知っている。そして、その強さを支えているのがフミネであることも。



「とにかくフミネが、異界の聖女が認めてくれましたわ。ここにいる面々は全員凄くて頼もしい、フィヨルトの力だということですわ! わたくしもフミネに完全に同意いたしますわ」


 どこからともなく拍手が巻き起こった。フミネの恥を引き換えに、外様を受け入れてみようという、そんな空気が出来上がっていたのだ。狙ってやったことではない。そういう打算が無いからこその結果だった。



「では、フミネに信頼されている、ドーレンパートとシャラクトーンは、今後どうなると思われますの?」


「南ですな」


 ふぅとため息をつきながら外務卿が言った。


「特にサウスダート王国は油断出来ません。と言うか、すでに調略が進んでいると思います」


 続けてシャラクトーンも発言する。そして、外務卿を見た。それを受けて外務卿がシャラクトーンを促す。


「……逆に考えると、これは好機とも言えます。中途半端な中立より、はっきりとした敵の方が分かり易いと思います」


「そして、サウスダートは塩の事を知らない、ですわね?」


「そうです。もし、サウスダートが敵に回ったとして、フィヨルトが塩を持たないと仮定したならば」


「当然、攻め込みますわね」


「はい。ですので、サウスダートはフォートラントに援軍要請をするでしょう。これは戦力の分散です」


「となると、サウスダートにちょっかいをかけるフリをするのも、楽しそうですわね」


 本当に楽しそうにフォルテが言う。


「ヴラトリア公国はどうしますの?」


 シャラクトーンの母国はどう出るか? フォルテがそれを問う。


「中立です」


「断言できますの?」


「ええ。間違いなく父上、いえ公爵閣下ならば、中立をとります。あわよくば中央とこちらに資金提供すら申し込むでしょう。少々高い金利でもって」


「あらまあ」


 ころころとフォルテが笑う。こういうやり取りが楽しくて仕方がないようだ。



「……その、実はすでに打診が来ております。シャラクトーン様に伝えてはいなかったのですが」


 外務卿が、微妙な表情で情報を伝えてきた。すなわちシャラクトーンの予想は的中していたと、そういうことだ。いや、それさえも仕込みかもしれない。とにかくヴラトリアは侮れないということだ。


「その資金提供、受けましょう」


 国務卿の言葉だった。


「ヴラトリアがフィヨルトに援助をしていたという事実を、記録しておくべきです。後になって役に立つ可能性もあります。当然公国も織り込み済みだとは思いますが」


「許可いたしますわ。まったく、皆が頼もしくて、楽しくなってきましたわ。さてその借入金、どう使うのがよろしいでしょう」


 皆が黙り込む。フィヨルトにおいて、通貨は都市部でしかまともに運用されていない。村々では物々交換が主流なのだ。要はフィヨルトは経済に疎いのだ。金融の流れなど、精々都市部の税か、貴族たちへの給金程度にしか考えていない。


「宣伝に使ってもいいかな?」


 フミネであった。


「どうせ、ヴラトリア通貨でしょ。商人相手にくらいしか使えないだろうし、そっち方面で活用しようよ」


 フォートラント連邦には、ユーロのような共通通貨は存在しない。この時代、通貨発行権は各国が持つのが当たり前である。そして、ヴラトリア通貨は信頼度で連邦2位に当たる。商人ならば、喜んで使用することだろう。


「それで、宣伝とはどういうことですの?」


 ちょっと前のめりになったフォルテがフミネに問いかけた。


「さっきケッテの言った情報だよ。例えばさ、何か買い込むときに、ついでに商人に吹き込むの。フィヨルトの新兵器は、ケースド=フォートランを直接攻撃出来るみたいだ、とか。ある事ない事、適当に」


「フィヨルトは塩の流通が心配で、サウスダートを狙っている、とかですわね」


「そうそう!」


 それはもう悪い顔で、悪役大公と悪役聖女はデマを出し合っていた。周りは引いているが、それでもちょっと楽しくなってきたようだ。


「ほらほら、皆さんも楽しく悪巧みを考えますわ。面白い考えがあれば金一封を差し上げますわ。もちろん、ヴラトリア通貨ですわよ」


 会議室に笑いが木霊した。



 ◇◇◇



 そんな感じで、会議は終わった。ある程度の方針変更が決定され、意思統一が為された。また、クロードラント辺境伯、ケットリンテ、シャラクトーン、アーテンヴァーニュなどの外様組もある程度認められたと思っても良さそうだった。



 停戦期限まで8か月。フィヨルトは動き始めた。だが当然の事、フォートラントも動いていて当たり前だった。


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