第147話 ケットリンテに花束を
「話が前後して申し訳ありませんけど、各騎士団の第5世代充足率を聞き忘れていましたわ。3日前の数字で構いませんわ」
3日前という表現がどれほどのものか。フィヨルトの情報伝達の速さを物語る発言であった。
「第1騎士団は3割程度です。5個中隊がありますし、フィヨルタ駐屯ですので、後回しは了承済みです」
第1騎士団長、フィートであった。相変わらずの苦労人だ。
「第2騎士団は7割です。最前線ということになりますので、優先的に回していただけると助かります」
第2騎士団長サイトウェルが言った。第2騎士団は対フォートラントの最前線だ。彼の言う事は真っ当であった。
「よろしいですわ。今後の第5世代騎は第2騎士団を最優先に。よろしいですわね」
「了解だよ。こっちもカツカツだけど、やるしかないさね」
工廠長パッカーニャが快諾してくれた。
「第3騎士団は5割くらいだね。こっちも前線になるなら増やしてほしいが、任務を考えたら、むしろ工兵が欲しいかな」
第3騎士団アーバントは、ちょっとぶっきらぼうな感じで要求を述べた。
「ケッテ。出せる?」
「クロードラント特殊部隊から、信用できる者を派遣します。良いですか?」
「そりゃ助かるよ。感謝する」
「いえ」
少しは役立ったと、ケットリンテは気を楽にした。
「あの特殊部隊にはやられましたわ」
「まったくだよ」
フォルテとフミネの言葉には、嫌味はない。先の戦で唯一想定外だったのが、あの特殊部隊だったのだ。現地でしてやられた第3、第4騎士団長も悪感情を見せてはいない。
「あの迷彩服って、ケッテが思いついたの?」
「フミネにちらっと聞いていたので、工夫してみた」
「あちゃー」
知らずの内に利敵行為をしていたフミネは、目を覆った。そして、ふと思いつく。
「小型の甲殻騎に迷彩施したらどうだろう」
「むう、だが濃灰はわたしたちの誇りだよ」
クーントルトの言葉に周りは頷く。この時代はこんなものだ。
「いやいや、全部って訳じゃなくって、ケッテの特殊部隊と併せて運用するって感じですよ。極一部ですから。日本の言葉に、誇りで腹は膨れないって言葉もありますし」
日本語万能論であった。
「試験的にならアリですわね。アーバント、第3騎士団で実験してみてくださいまし、丁度良い機会ですわ」
「了解しました」
アーバントは快諾した。平民上がりで、こういうのに抵抗が無いタイプなのだ。
「また話が逸れましたわね。次は第4騎士団ですわ」
「4割です。ターロンズ砦で損耗を出しました。残念です」
第4騎士団長リリースラーンは、ちょっと悔しそうな顔をして言った。
「作戦責任者はわたくしですわ。仕方がないとは言いませんけど、それでもやるしかありませんでしたわ」
「はい。では第4騎士団は、ターロンズ砦の修復作業ということで」
「ええ、当面北方は第1騎士団から3個中隊に任せますわ。第4騎士団は当面、ターロンズに駐留ですわ」
「分かりました」
◇◇◇
その後も第5、第6、第7騎士団と報告が続く。どれもがおおよそ4割から5割といった配備状況だった。第8騎士団は言わずもがなの全騎第5世代である。全体で見れば、おおよそ半数に届かないくらいであろう。
「一般的に第5世代1騎で旧世代2騎を相手取れると考えれば、まあ3割増強ってところだね。それとクロードラントの100騎も併せれば、東の前線は守れると思うよ」
クーントルトが言ったそれは、相手が何も講じない場合の想定でもある。
「重ねて、クロードラントは内通や造反に備える必要があります。申し訳ございません」
「領地を切り取るということは、そういうことですわ。当然の事ですから気になさらず、ただし抜かりはないようにしてくださいませ」
「畏まりました」
クロードラント辺境伯が決意表明のように述べると、フォルテはそれを厳粛に受け止めた。そうしてあげなければ、フィヨルトでの彼の立場が無くなりかねないからだ、
「いずれは、クロードラントの部隊が、第9、第10騎士団となって行くことを期待していますわ」
「こりゃあ、忙しくなりそうだ。っても、これまでもずっとだったけどねえ」
「増員は考えていますわ。工廠はフィヨルトの命綱。お願いいたしますわ」
「しかたないねえ。それにしても、飛空艇をあと5隻だったっけ? ちょっと保証は出来ないよ」
工廠長パッカーニャがぼやきじみた言い方をした。本当に忙しいのだ。新婚さんたるファイトンとスラーニュの子供を見ることが出来るのはいつの日か。
◇◇◇
「後は人事についてですわ。といっても、変更は無しで追加ですわね。ライドは国務卿付兼大公代行。シャラクトーンは外務卿付。そしてケットリンテは軍務卿付兼辺境伯補佐ですわ。ついでにフミネは全部。プロデューサーですわ」
プロデューサーとは一体。
「まあわたしの場合は、思いついたことを相応の部署に提案するくらいね」
それでもフミネは動じない。やれることをやってのけるという、そういう意志はとっくに固まっていた。例の巡業で自信を深めたこともある。
「じゃあ、早速言うけど、ケッテ。わたしたちがやられた戦法だけど、逆にこっちはどう?」
フミネががっつりと蒸し返した。
「で、出来ると思う。むしろもっと凄いことが出来るはず」
「だよね。飛空艇とかニンジャ部隊とか、スラスターの応用とか。でさ、フォルテ」
「わかりましたわ。わたくしはケッテに全てを開示しても良いと、そう考えていますわ」
会議室がこれまでになく騒めく。フォルテが全てと言うならば、それは全部なのだ。すなわちフィンラント家と同等レベルの情報権限となる。
「私は明確に反対いたします」
諸卿を代表するように国務卿が断言した。大公に対しこのような場で反論が許される。それがフィヨルトだ。他の者たちも同様に反対の意思を持った表情を見せている。
これはケットリンテに反感を持っているためではない。単純に格の問題だ。如何に才能があろうとも、辺境伯令嬢に過ぎない人物に渡してよい権限ではないのだ。
「分かりましたわ。情報については、現状の騎士団長と同程度にいたしますわ。ただし、運用立案については、自由に考えてくださいませ」
「ふぅ、分かりました。皆さん、反対してくれて、ありがとうございます」
フォルテの前言撤回に、ケットリンテは安堵していた。自分は外様だ。如何にフォルテやフミネと懇意にしていようとも、いや、だからこそけじめは必要なのだと思うのだ。
「じゃあ、ここでケッテの才覚を一つ見せてよ。ケッテの考える戦争で一番大切な事ってなに?」
自分の提案が否決されたにも関わらず、フミネはニコニコとケットリンテに質問した。
「情報です」
そしてケットリンテもまた、即答する。事前の織り込みではない。アドリブだ。
「戦略でも戦術でも外交でもない。国力でも技術でもない。戦力や動員力や技術ですらない。ケットリンテはそれらに必要な上位にある、概念を語ったわけです。二文字で。どう、凄いでしょ?」
フミネはそれは嬉しそうに、ケットリンテを持ち上げた。
「別にこれで、さっきの決定に異を唱えるつもりはないですよ。けれど、彼女の才能は本物だって、それを知っておいて欲しかったんです。日本出身の『悪役聖女』として保証しますよ」
そうしてフミネは『悪役聖女』らしい、悪い笑みを浮かべた。
「先の戦争で得た最大の戦果は、ケッテをこちらの陣営に持ってこれた事だって、わたしはそう思っています」
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