第146話 面倒ごとは任せよう
「皆さんも知っての通り、わたくしたちは先日まで、各地の農村を巡ってきましたわ」
フォルテが会議室の上座から声をかけた。その堂々とした姿は、フィヨルト大公に相応しい威厳を兼ね揃えている。まったくもって、見事な女大公っぷりだった。
「フィヨルトもクロードラントも、甲殻獣被害の頻度を除けば、それほど違いを感じませんでしたわ。ただし」
フォルテがすうと息を吸い、溜める。
「クロードラントの農村では、フィヨルトから考えれば、苛政が敷かれていたと思わざるを得ませんでしたわ。特に税制。7割が租税として納められていたようですわ」
会議場がざわめく。当たり前だ。フィヨルトでは4割、戦時ですら5割が基本だ。クロードラント辺境伯とケットリンテが、どんよりとした顔で項垂れていた。
「辺境伯、発言を許しますわ」
「はっ、理由は二つです。まずフォートラントでの基本税率は、5割。戦時で6割です。そして……7割となったのは、土地の代官の独断と判断できます」
「終わった話ですわね。ケッテ、対応策は?」
「はい。フィヨルトの配慮で、多くの代官は領地権こそ召し上げましたが、徴税を担当したままです。監査を厳しくすると共に、意識改革を徹底する方針です」
「併合したのが、徴税後であったのが幸いでしたわね。農務卿、備蓄でもって補助をだす余力はありますの?」
「可能です。来年の収穫を迎えるまでは、なんとかできるでしょう」
ポンポンと話が進んでいく。こういうところがフォルテの会議である。
「では、腑抜けた代官の扱いですわね。ケッテ、いえ、辺境伯?」
ケットリンテに発言させれば、族滅しかねない。穏便な回答をフォルテは欲した。とにかく今は、人が惜しいのだ。
「はっ、私財没収の上、悪質でない限りは役職を継続させるしかないかと、そう考えます。地元との繋がりもあります。ただ、それを為すためには不当徴収の証拠も必要となります」
「ケッテには第8騎士団の兵士を使って良いと、伝えてありますわ。正当で穏便な対応を期待しますわ」
「ありがとうございます」
とりあえず、これで来年の徴税問題は終了である。もちろんその間にバカをやらかす連中には、容赦などしない。
「では、慰撫宣伝部隊隊長、フミネ」
「はい。個人的には、概ねの成果を上げられたと考えています。資料は各部署に送りましたので、参考にしてください」
つらつらと淀みなく、フミネが発言していく。別に用意していたわけではなく、こういうのは得意なのだ。
「農民たちにとっては、上が誰であろうとも関係ありません。税が高いか低いか、扱いが良いか悪いかだけです」
そして、根源的な事を言い出した。封建制のフォートラントならさもありなん、と言ったところだろうが、ここはフィヨルトだ。民は共に戦う同士なのだ。だから眉をしかめる者も多い。
「だからこそ、つけ入るべきです」
さらに恐ろしいことを言いだした。こいつホントに聖女なのか?
「希望者に限り、フィヨルトへの移住を進言します。ターロンズ砦が復旧されれば、フィヨルトが直接の戦火に襲われることは無いでしょう。代わりに甲殻獣はいますが、それは騎士団の仕事です。安全を手札に、安定した自国民を増やすべきと考えます」
「それでは、クロードラントが手隙になりますわ」
「辺境伯には申し訳ありませんが、後回しですね。戦備を拡充しつつ、人口を減らす方向で緩衝地帯を厚くする。そういうことです」
フミネの言葉には、それなりの説得力があった。なにしろ、フィヨルトにはマンパワーが足りない。甲殻騎の開拓運用が確立されつつある今、開拓民など、幾らでも受け入れられるのだ。
「辺境伯」
フォルテが辺境伯に振る。
「土地には、先祖伝来の柵があるものです。ですが、苦しい寒村、領都の貧困層などは、十分に受け入れると考えます」
「……布告をお願いいたしますわ。フィヨルトは広く開拓民を募集していると。税制などについても、詳細に伝えてくださいませ」
「畏まりました」
◇◇◇
「次は軍事面ですな」
ある程度間を置いてから、国務卿が議事を進行させた。
「じゃあ、それはわたしからだね」
軍務卿クーントルトが後を引き継ぐ。
「今現在、常駐と言い切れるのは、フィヨルタの第1、ドルヴァの第5、バラァトの第6、クロードラントの第2だね。強いて言えば、ロンドとサウスポートの第8もそうかな。第4は北方、第7は西方で狩りの最中で、第3はクロードラントの補助だね。大体こんな感じ。クロードラント領軍は辺境伯に任せているよ」
「クロードラントとしては、第5世代については配備を最後にしていただきたいと、そう考えています。また、飛空艇の存在についても秘匿しております」
クロードラント辺境伯のあんまりな言葉に、武官たちは絶句していた。自陣営の戦力増強に消極的などと、たとえ裏切るにしても在り得ないからだ。
「恥ずかしい話です。ボクは自陣営を信用しきれていない」
ケットリンテが訥々と語り始めた。
「時間をください。部隊の選別をします」
「分かりましたわ。……今の段階で絶対に信頼をおける騎士は、どれくらいですの?」
「20騎、40名程度です」
「じゃあ、9騎、こちらに呼び寄せてもよろしくて?」
「できるけど、どういう意図で」
「フミネが言っていましたわ。敵を知れば負け知らず、と」
ちょっと違うが、概ね合っている。
「アグレッサーって訳ね」
「あぐれっさー?」
「仮想の敵部隊って意味かな。日本にもあったけど、相当の熟練部隊だったはずだよ」
フミネの『日本』発言に周りは目を輝かせた。大概、ニホンから持ち込まれた知識は多かれ少なかれ効果を齎すものだと言うのが、共通認識なのだ。
「それさ、第2中隊も混ぜて貰えるかな。わたしも『バルトロード』が使えるし。役に立てると思うよ」
中央出身のアーテンヴァーニュが言った。彼女もまた、中央の戦い方を知る者だったのだ。
「良いですわ。クロードラントから9騎選抜して、第8騎士団第4中隊といたしますわ。ついでに、第2中隊と連携して、フォートラントの戦い方を研究してくださいな。ええと、アグレッサーでしたわね」
「了解いたしました」
クロードラント辺境伯が首を垂れた。
「それと第3騎士団は、隠密活動ですわ。敵と味方の両方に気を遣って、国境線の強化と、穴を作ってくださいませ」
「さすがはお嬢、いや大公閣下。今の段階から逆撃をお考えとは」
第3騎士団長、アーバントが楽しそうに発言した。
「逃げ道かもしれませんわよ」
「なるほど、それもアリですね!」
なんとも快活なアーバントである。
「第4騎士団はターロンズ砦の復旧ですわ」
「閣下が壊したのですよ」
第4騎士団長、リリースラーンが淡白な返事をした。
「わ、分かっていますわ。あの時はあれが最善だったのですわ」
「理解しています、了解しました。東側の防御重視ですね」
「ええ、任せますわ」
こうしてポンポンと任せていくのが、フォルテ流であった。自分でも全部出来る。だけど他の人間に任せるという事自体に意味があるのだ。フォルテはそれを十分に理解していた。会議に参加していた者たちは、年若い女大公のそんな態度を、頼もしく思っていた。
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