第145話 漠然とした未来
「予算の倍を超えているのですが」
「それはもう何度も聞きましたわ。フミネも何とか言ってくださいまし」
「ああ、今計算忙しいからまた後で」
「むきいぃぃ!」
「姉さん、いいから決済してよ」
国務卿とライドは辛辣だった。それも仕方がない。例の慰撫宣伝部隊の巡業は予算を大幅に超過し、報告書を受け取った国務卿は眩暈を起こした。懲罰という訳でもないが、現在フォルテは当然として、フミネ、ケットリンテ、シャラクトーンは絶賛お手伝い中である。アーテンヴァーニュは役立たずとして、ロンド村に送り返された。
「ふー」
「フミネ?」
フミネが背を伸ばす。それを見たフォルテは違和感を覚え、声をかけた。
「ああ、こっちは終わったよ」
「そうではありませんわ。何かありますの?」
「隠し事出来ないなあ……。まあ、あるっちゃ、ある」
「何ですの?」
「まあ、みんなが仕事終わらせてから話そうよ。シャーラ、書類頂戴」
「じゃあ、こちらを」
「あの、腐れ代官どもめ。私財を全部巻き上げてからぶっ殺す」
「ケッテ、物騒ですわよ」
国務卿とライドは姦しいなあと、そう感想を抱くが面倒だから黙っておくことにした。
◇◇◇
「それでどうしたのです?」
「フォルテはさ、今回の巡業やって、どう思った?」
場所は変わらず執務室のままである。フォルテ、フミネ、ケットリンテ、シャラクトーン、そして国務卿とライドが一息を入れて、茶を飲んでいるところだった。
「良い意味でってわけじゃないですわね?」
「うん」
「ある程度の信頼は得られたと思ってはいますわ。けれど、執政者への不信は残っていますわね」
「ごめん、ボクの、クロードラントのせいだ」
「ある程度はその通りですわね」
「フォルテ!」
あんまりなフォルテに、フミネが口を挟もうとする。
「ですが、地方の代官は世襲だったのでしょう。明確な落ち度が無い限りは、罷免も出来ませんわ」
「それは言い訳だよ。もっとしっかり査察するとか」
「じゃあおやりなさいな。済んだことを言うより、動きなさい。第8騎士団を使っていいですわ」
「うん。クロードラントの部隊は、どこまで信用できるか分からないから。ありがとう」
「話が逸れましたわね。それでフミネ?」
「ああ、うん。前に言ったかもだけど、身内にいる敵ほど恐ろしいモノはない、ってこと」
「……クロードラントの中に、フォートラントに戻りたがっている勢力があると、そう言う事でしょうか」
シャラクトーンが会話に参加してきた。フミネは頷く。
「わたしたちはフィヨルトに慣れすぎなんじゃないかって、思うんだ。フォルテ派とライド派だって、終わってみればしっかり協力できている。だけど今回は違う。敵国を取り込んだんだよ」
そんなフミネの言葉を聞いて、ケットリンテが悲しそうな顔をしていた。
400年近くもの間、山脈の西に引きこもり、小さな内紛こそあったものの、それは身内の喧嘩だった。殴り合って、酒を飲めば済んでしまうようなごっごだった。だが、今回は違う。
「シャーラはどう思いますの?」
この場にいる他国人はケットリンテとシャラクトーンだ。だが、ケットリンテは当事者である。故にフォルテはシャラクトーンに尋ねる。
「前回の戦の後、会議でいくつかの大方針が決まりましたよね。あれを少々修正する必要があるかもしれません。ヴラトリアは安定しているものですから、わたしも甘かったかもしれません」
「情報だけでも流そうっていうのも、いるかもね」
苦い顔をしながらライドが言った。第2騎士団長、サイトウェルという前例があったからだ。今や浄化され、対フォートラントの最前線に詰めているわけだが。
「わたくしたちが相手に勝っているのは技術と、国土の小ささ、すなわち速さですわ。そして、連帯」
皆が大きく頷いた。
「今回の話と、巡業の結果を合せて、今後の方針について大会議を行いますわ。ディーテフォーン」
「はっ!」
あえてこれまで全く発言をしていなかった国務卿に、フォルテが振る。
「参加者の選定ですな。軍務卿、外務卿、農務卿、工廠長、各騎士団長。フィンラント家の皆様、辺境伯、ケットリンテ嬢といったところでしょうか。申し訳ありませんが、クロードラントの皆さんはご遠慮いただければ」
つまりクロードラントからは、辺境伯とケットリンテだけが参加となる。それとこの場合、シャラクトーンはフィンラント家に含まれている。
「それと、アーテンヴァーニュもですわ。一応、中央出身ですわ。期日は2週間後。調整は国務卿に任せますわ」
国体会議を2週間で召集するというのだから、その辺りにフィヨルトのフットワークの軽さが見えると言うものだ。
◇◇◇
そして2週間後、ヴォルト=フィヨルタ大会議室には、フィヨルトの主要メンバーが集められていた。上記に挙げた以外にも、バラァト代官を始め、子爵クラスの代官たちも参加している。
「さて本日の議題は、3か月前、停戦直後に行われた大会議を踏まえ、それに対する修正が必要との大公閣下のお考えの下、召集されたものである」
議事進行はもちろん国務卿である。
「まずは、前回の会議にて決定された方針について、再確認をしておこうと思う。どうですかな、閣下」
「よろしいですわ」
ここら辺は事前の打ち合わせ通りだ。フォルテに異議はない。
「まずはひとつ、クロードラント西部をフィヨルトに併合したことによる影響だ。国境線は大きく変わり、広がった。また、フィヨルトは新たな国民を迎えるにあたり、文化、慣習、制度の違いなどを受け入れる必要が出てきた」
諸卿は黙って聞き入っていた。
「1年間の停戦が存在する以上、あまり大っぴらにも出来ん。よって、国境には第2騎士団のみを派遣し、また、クロードラント開拓には第3騎士団の協力を仰いだ。そしてフィヨルト法を導入し、暫くの人的交流は最小限とすることで、少しづつの融和を計ることとした」
国務卿の説明が続く。
「第2に、損耗した騎士団の回復だ。これについては、騎士団編入時期を1年前倒しとし、対応するものとした。さらに、第5世代騎の配備を急ぐことで、質の向上を目指すこととした。また、飛空艇の増産による、即応性向上も決定された」
フィヨルトは徴兵制を取ってはいない、取ってはいないのだが、事実上の国民皆兵でもある。200年前に起きた史上最大の甲殻獣氾濫を例に取るまでも無く、建国時からフィヨルトは軍民一体となって戦ってきたのだ。
「最後に、新技術の開発である。これは、農業、畜産、漁業、林業、建築、軍事、法制度など多岐に渡る。異世界より降臨されたフミネ様を筆頭に、法務、軍部、工廠、農務各担当者が日々努力を重ねてくれていることに感謝したい。以上だ。では閣下」
国務卿は長い説明の後をフォルテに託した。会議はここからが本番だ。
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