第101話 可哀相な襲撃者
5騎の甲殻騎と馬車が2両進んでいた。2騎はフィヨルト、3騎はクロードラントの所属である。フィヨルト、クロードラント合同の部隊である。
「アーテンヴァーニュさんも一緒なんですね」
「今は只の平民だからさ、ヴァーニュでいいよ」
「へへっ、じゃあ、ボクもケッテで良いから。……ヴァーニュ」
「そうかい、じゃあそうするよ、ケッテ」
「うへへ」
「仲睦まじくてなによりですわ!」
「照れるよ、フォルテ」
友達が増えて嬉しそうなケットリンテであるが、ここにいる令嬢3人は、全員、婚約破棄経験を持つ者たちである。そう言うとなんだか暗く、傷を舐めあう仲間っぽいが、全然そんなことは無かった。むしろ、せいせいと明るい。婚約者たちはなんだったのだろうか。
パチパチと鳴り響く焚火の元、令嬢とその他の者たちはそれを囲んで談笑していた。
「それで、閣下、ケッテを受け入れてくださるというのは」
「ええ、ええ、分かっていますわ。留学生として受け入れますわ。確約致しますわ。それでもう、7回目の確認ですわ」
クロードラント侯爵がフォルテに通算7回目の念を押した。先の婚約破棄によって、クロードラントと中央とのラインはぶっちぎれた。ならばという事で、侯爵はすかさず態度を表明した。まあそれは、可愛い可愛い娘の強い強い押しがあったからでもある。
なんだか良く分からないまま、婚約破棄3令嬢は、フィヨルトに向かう事になったわけだ。
◇◇◇
とん、ととん。とととんとん。
予め定められていた合図が、地面を叩いた。すなわち敵襲である。合図を発したのは、エィリア・スーン・トラパータ。名は出てきていなかったがここまでずっと随行していた、一応外務卿の養女にして左騎士である。実態としてはドロドロとした男女の、あいやこれ以上は止めておこう。
「どれくらいですの?」
「多い、20人、くらい。いや、19人」
フォルテの問に答えるエィリアの返答はたどたどしい。キャラ造りと言うなかれ。
「戦闘要員、総員準備ですわ。わたくしとフミネ、ヴァーニュとエィリアでやりますわ。随伴各員は防御戦闘」
「了解」
恐ろしい事に攻勢要員は全員女性で、しかも実力者であった。
「この面子を相手に20程度など、舐めてくれましたわね!」
フォルテ口上と共に、戦闘が始まった。
「前衛はわたくしとバーニュ。抜けた相手はフミネとエィリアですわ」
ドンドンと鈍い音を立てるのはフォルテ。ドカンドカンと派手な音はアーテンヴァーニュだった。
「がっ!」
「ぐっ!」
そんな二人を抜けて来た者たちを迎えたのは、無慈悲で静かな暴力だった。ただ、簡単に膝を砕き、きゅっと首を絞めるだけのお仕事は、単なる作業に近いものがあった。
「ぎゃあっ!」
「かふっ……」
5分後にはもう、物音はしなかった。
「弱すぎますわね」
フォルテの言葉の意味は、自分たちが強いという事では無かった。相手の質が低すぎたのだ。
「様子見ってこと?」
「もしくはどなたかを納得させるため、かもしれませんわ」
「ああ、宰相さんも大変だってことか」
そもそも夜襲とは言え、甲殻騎を持ち出さないで襲ってくる段階で、単なる自殺行為である。要は『襲撃を掛けたけど失敗したので、もうやめておきましょう』という実績作りなのだろう。
「誰も殺していないから、まあ、いいんじゃない?」
アーテンヴァーニュが軽く言う。
「侯爵閣下、直近の街までは?」
「半日程度ですな」
フミネに、クロードラント侯爵が答える。
「では、フィヨルト側の2騎だけで先行しますわ。ヴァーニュと随伴歩兵をお願いいたしますわ」
「夜中ですぞ。それに、20名もの人間をどうやって」
「心配には及びませんわ」
すでに随伴歩兵たちは、テキパキと襲撃者を例の強化甲殻腱で拘束していた。ついでに甲殻騎の胸部格納から同じく甲殻腱製の網を足りだして、詰め込み作業も行われている。装備と手際の良さの両方に、唖然とするクロードラント一行だ。
「甲殻獣を狩った後で便利なんですよ」
フミネがあっさりとした解説を行う。
「やっぱり、フィヨルトって凄い」
ケットリンテの感嘆は、クロードラント一同に共有された。アーテンヴァーニュはそういうものかと、勝手に納得していた。
◇◇◇
「では、行きますわ」
「明日に合流いたしましょう」
オゥラ=メトシェイラと名前未登場の甲殻騎に乗ったフォルテと外務卿は、散歩にでも出かけるように出発しようとしていた。
「眩しいですから覗き込まないでくださいね!」
フミネの言葉の後に、2騎の前方に明かりが投射された。光核石式サーチライトだ。スラスターが出来るなら、こちらはもっと簡単だ。もちろん、扱えればだが。両肩と腰の合計4基のサーチライトが前方を照らす。可動も出来る優れものだ。
2騎は両手で10人づつパッキングされた襲撃者を抱え、跳び去って行った。
「地形を半無視で直進行軍、夜間行軍、機動力は倍、いや4倍? それを相当数装備出来る」
「ケッテ、なにをブツブツ言っているの?」
「お父様!」
「な、何かな?」
アーテンヴァーニュの言葉を無視して、ケットリンテは侯爵に詰め寄る。
「本気で、フィヨルトに付こう!」
「いや、それは」
「技術だけの問題じゃない。もし中央が山脈越えでフィヨルトを攻めるとしたら」
「ぐぬっ!」
「そうだよ。クロードラントが捨て駒にされる!」
「そ、それは」
ありえる、と侯爵は思ってしまった。ケットリンテは確信顔、アーテンヴァーニュはよく分からない顔をしていた。
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