第100話 葬儀と、戴冠式と、そして





 騎士団長は、そもそも殿下が婚約破棄をした所から始まっているのでは、とは流石に言えなかった。全ての歯車があそこから狂ったのではないかと。ああ、水車とか風車があるので、この世界にはきっちり歯車は存在している。木製だけど。



「お認めになるのですか?」


「お前ならどうする?」


 宰相の詰問に、王太子は逆に返した。どうにか出来るのか、と。


「王命であれば可能でしょう。ですが、伯爵家が正式に勘当した人材を引き取るわけではなく、横取りという形になりますな。無理でしょう」


「ならば、聞くな」


 案件はそれで終わりであった。



「先王陛下のご葬儀と、戴冠式を想いましょう。それに比べれば些事です」


「本気でそう思っているなら、今頃宰相をやってはいないだろうな」


「……」


 宰相は沈黙で回答した。


「仕儀については問題ないだろうな」


「万事恙なく」



 そう言い放つ宰相に爆弾が叩きつけられるまで、後1日であった。



 ◇◇◇



 その日、王都ケースド=フォートランの大通りを、黒塗りの車列と、両肩から黒い喪章を下げた甲殻騎が通過していった。馬車に乗せられていたのは棺ではない。『灰箱』と呼ばれる、言わば骨壺の様なものだった。


 フォルテたちも同行していたが、この時ばかりは彼女らも漆黒のドレス風喪服を装っていた。


 この大陸の宗教は、多神教であり、そして寛容であり、権力から遠い存在である。「全ての神に祈り、世俗たれ」。それが最大にして最強の教義であり、権力にすり寄る聖職者は下賤と見なされる。この手の物語に出てくる教会としては、凄まじく穏便な存在であり、同時に権威を持たない。


「王は地を離れ、火となり、風に吹かれ、光浴び、雨と共に地に戻る」


 たったそれだけの聖句を述べ、フォートラント王国教会大司教の出番は終わった。



 王都郊外、観光名所とはまた別の丘の上に、国立墓地が存在していた。中央を縦に貫き、王族の墓石が並び、その脇を貴族たちの物が、さらにその周囲には王都に住まう平民たちの墓石までもが配置されていた。


「この墓地は、かの『救国の聖女』が発案したと言われている。王侯のみならず、国の民が共に眠る場所だ。国を形作るのは民たちだ。死したものに貴賤など存在しない」


 王太子は滔々と述べる。それは真実であり、現世で生きる者たちにとっては、お為ごかしでもあった。死んで初めて辛うじて平等というのが、現在のフォートラントである。『救国の聖女』もさぞや嘆いているだろう。いや、どこかで喧嘩しているかもしれない。


「『骨箱』をここへ」


 王太子に手渡された箱には、灰となった先王があった。彼はそれを墓石に振り撒けた。信長ではない。そういう様式なのだ。そこに水が撒かれ、土に染み込んでいく。



 葬儀は終わった。



 ◇◇◇



 その日の午後、王城正門前で戴冠式が行われた。


「ここに我々は、先王の命によりウォルトワズウィード・ワルス・フォートラン殿下を、ウォルトワズウィード・ヴルト・フォートラント王陛下としてお迎えする。異議のある者は名乗り出よ」


 宰相に手により、先王陛下による王太子承認証がかざされ、さらにフォートラント諸侯は沈黙することで恭順を示した。


「ここに、第125代フォートラント国王陛下が立たれた。諸侯よ、王国民よ喝采せよ!」



 うおおおおお!!



 125代というのは大いに眉唾だが、まあそれはそれ、王国民は喝采で持って新王の誕生を歓迎した。



「さて、王都でやることも終わりですわね」


「肩がこるわー」


 葬儀の時と打って変わり、濃灰色の騎士服に純白の肩帯をぶら下げたフォルテとフミネが息をついた。フミネは当たり前で、フォルテもこういうのは苦手な気性なのだ。ただし演説をするのは大好きだ。


「それにしてもヴァーニュの件は上手く行って良かったね」


「ええ、あの後すぐに手配書が回ったらしいですわ」


「犯罪者じゃないんだけどね」


「王太子、あっと、陛下のお顔を見てみたかったですわ」


 ぐふふと笑う二人は、まっこと悪役であった。してやったり。


「めでたしめでたし。ヴァーニュはどうするの?」


「直ぐに士爵にいたしますわ。第8で引き取るというのはどうでしょう」


「いいね!」


 精鋭部隊という単語に心躍るフミネであった。



 そんな時。



 ◇◇◇



「ケッテ、いやケットリンテ・ジョネ・クロードラント。君との婚約を破棄する!」


 どこかで聞いたようなセリフだが、戴冠式後の会場で発せられるものではない。その発言をしたものは、まあ想像できる。ガートライン・ゲイン・オストリアス宰相令息だった。


「僕は王国府の人間であり、国の方針に従う者だ。元より君とは方向性が違う。地元に辺境に拘り、中央の意志をないがしろにするような思想を持つ人間とは一緒にはなれない」


 なんと、婚約破棄の理由は方向性の違いであった。音楽家でもあるまいに。


「分かった、ボクは受け入れるよ」


 そしてフォルテとフミネに出会ってしまっていたケットリンテも、またキマっていた。動揺も落胆もせず、堂々とそれを受け入れてしまった。


「まて、ちょっと待て!」


 そこに飛び込んで来たのは王国宰相、ストスライグ・ゲージ・オストリアス侯爵だ。彼にしては珍しく動揺を見せている。ざまぁ、とフォルテとフミネは同じことを考えた。


「私の許可無く、そのような事は認められんぞ!」


「ほう? ではご子息は、このような愚かな事を独断で下すような人物、ということですかな?」


 言うまでも無く、カークレイド・ゲート・クロードラント侯爵である。青筋が見事だ。


「このような場所で、なんの前置きもなく、当主の許可も得ず、私の可愛い可愛い娘に恥をかかせるのが、オストリアス侯爵の跡取りということですかな」


「ぐ、ぐぬぬ」


「私としては、辺境と中央との密な関係を期待して、可愛い可愛い娘を嫁に出す覚悟を決めていたのですが、宰相殿、あなたはどうお考えですかな」


 息をもつかせぬ、クロードラント侯爵の連続攻撃が宰相に打ち込まれる。当の宰相令息は涼やかなものだ。大丈夫なのか?


「父上、国を思ってのことです。何も恥じることはありません」


「だまれ、こわっぱぁ!!」


 宰相ご当人の言葉より、クロードラント侯爵の咆哮が先だった。



 ◇◇◇



「まずは、婚約破棄についてだが、正式に受け取った。賠償については後にしよう。いいね、可愛いケッテ」


「うん、いいよ」


「いやそれは、クロードラント侯……」


「これは無理でしょう。ここまでの面目つぶしなど、前代未聞ですな」


 これよりずっと規模が大きい似たようなことが、あったのは触れてはいけない不文律である。


「それとですな、話は変わりますが、先日領地にて怪しげな人物を捕えたのですよ、宰相殿」


「な、なんの」


「狂人なのか、世迷いごとを申しましてな。中央派のとある貴族の命令で、フィヨルト領バラァトの『混乱』を監視していたと。まさか、まさか」


「……、それがどうかしましたかな」


「中央と辺境、それぞれに考え方こそ異なれ、それは連邦をより良い方向へ導くための方策の違いでしかありませんな。当然、それは共に栄えるために」


「もちろんだ」


「分かっているならよろしいのですよ、分かっているのならば」


 寡黙キャラだったクロードラント侯爵は、怒りの余り饒舌で陰湿になっていた。これもまたキャラ崩壊か。



「で、どうするのこれ」



 フミネはぼそりと呟いた。フォルテも困った顔で頷いた。


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