第99話 こいつぁヤベえ





「はあっ、はあっ、はあっ」


「ひゅー、ひゅーっ」


 模擬戦が終わった直後、『ハクロォ』は崩れ落ちる様に降騎姿勢を取り、その中からライドとシャラクトーンが落下してきた。そのまま二人は大の字になって、荒い息を吐いている。


「ご苦労様ですわ」


「お疲れ様」


 フォルテとフミネがやって来て、水の入ったコップを渡してくれた。一気に飲み干し、再び息を吐いた。


「よく頑張りましたわ」


「うん、上出来だと思った。でも」


「でも?」


 シャラクトーンが思わず問い返す。心外だと言う意味ではない。自分たちが未熟であることはよく理解で来ているのだ。何が足りないのかを知りたいが故の問いだった。


「あのまま1騎づつ戦っていたら、多分途中で負けていたね」


「そうですわね」


「どうして。いや、そうか」


 少し考え、ライドは納得する。


「僕たちの動きが読まれるか。まだまだ単調なんだよね。合ってるかな?」


「よくできましたわ。仮に動きが見えなくても、適当に背後に槍を置いてしまえば、分かりますわね」


「仕方ないよ、まだ半月も経ってないんだから。これからの精進だね」


 フミネがフォローを入れた。


「だから最後が乱戦で良かったんだよ。相手の連携を一気に崩せるのが新騎体のウリなんだから」


 現在の甲殻騎同士の戦闘は、悪く言えば地べたで2次元的に技量を争うものだ。それが進化し、集団戦闘が磨かれてきた経緯がある。それをいっぺんに覆してしまったのが、スラスター装備だ。ちょんと飛び上がれば、もしくは予想をはるかに上回る速度で相手の連携を掻い潜れば、後は楽勝なのである。


「シャーラには悪いですが、まだ公国に技術供与は出来ませんわ」


「それは、流石にわかります」


「存在くらいはいくらでもいいですわ。貴女が生き証人なのですから。伊達に辺境で甲殻獣とやりあってはいないと、そうお伝えくださいな」


 一応であるが、フォルテはシャラクトーンにくぎを刺した。



「でも、お見事でしたわ。相手にもこちらの意図は伝わったでしょう」


 フォルテの笑みは悪いまま、王太子側に向けられていた。



 ◇◇◇



「どう思う?」


「非常に危険な存在かと」


「まあ、それは分かる。具体的には」


「アレが特級たる大公令嬢様方なら良かったのですが、令息様とそのご婚約者です。確か2級でしたな」


「……そうだな。つまり、フィヨルトはアレを騎士も含めて、多数運用出来ると」


「はい。仮にですが、アレが30騎程ターロンズ砦に配備されたとしましょう。例えこちらが1000騎出しても抜けません」


 騎士団長と王太子の脳内では、砦に襲い掛かるも、次々と叩き落ちていく甲殻騎の様がありありと浮かんでしまった。


「……」


 黙りこくる二人。これって、いざ有事となったら国境封鎖が出来てしまうという事では、しかもフィヨルト側が主導で。


「対策を検討しろ」


「畏まりました」



「騎士団長!」


「どうした!? 殿下の御前だぞ!!」


「こ、これは失礼を致しました!」


 慌てて膝を付く騎士がいた。


「急ぎならば良かろう、気にすることはない」


「あ、有難うございます!」


「それで、どうしたのだ? まさか? 先日の件か」


「はっ、その、フェルトリーン伯爵令嬢ですが……」


 なるべく小さい声で騎士団長に報告する騎士であったが、残念ながら王太子に聞こえてしまっていた。


「まて、フェルトリーン伯爵令嬢とは、アーテンヴァーニュの事か?」


「は、ははっ! その通りであります」


「聞いていないぞビームライン。何があった」



 騎士団長は吐いた。騎士団長令息クエスリングが、アーテンヴァーニュから婚約破棄を申し渡された事。激怒したフェルトリーン伯爵がアーテンヴァーニュを勘当した事。ついでに言えばその時に、アーテンヴァーニュとフェルトリーン伯爵が決闘をして、娘が勝ってしまった事。などなど。


「フェルトリーン伯は、戦士特級では、なかったか?」


「はっきり申せば、戦士としては私より上です」


 唖然呆然としている騎士の前で、王太子と騎士団長が会話をしている。そして騎士は事情を知った。今現在、自分の持ってきた情報を彼らに伝えたとして、自分は生きて妻と娘の元に帰れるのだろうか。それくらいヤバいネタだった。



「団長の指示通り、出奔したアーテンヴァーニュ嬢の行方を追っていたのですが……」


 騎士が言い淀む。


「どうした、続きを申せ」


 王太子に促されては、もうどうしようもない。


「昨日付けで、フィヨルトへの移民申請が行われ、受理されておりましたああぁぁぁ!!」


 最後は泣き叫びであった。彼はちっとも悪くないのに、それでも騎士は泣いていた。それくらいヤバい内容だった。


 王太子と騎士団長は眩暈を起こしたようにグラりと体勢を崩した。目の前の景色がグニャリと歪む。


「ば、馬鹿なっ! 何故そのような事が即日で通る!」


「はっ! 担当官に問い合わせたところ、フィンラント大公閣下直々に書類を提出されたとの事です。平民を受け入れるのに、何の問題があるのか、と。さらには、フィヨルト外務卿も同席され、法的齟齬が無いことを諭された上でのことだったそうです」


 騎士は涙を流しながら報告を続けた。


「現在のアーテンヴァーニュ嬢は、フィヨルト国籍を持つ大公閣下直属の護衛戦士という扱いです!!」


 王太子と騎士団長は同時に思う。泣きたいのはこっちだと。


「何なのだ! これは一体何なのだ!!」


 明後日に戴冠式を控えているというのに、王太子ウォルトワズウィード・ワルス・フォートランの心は、敗北感にまみれていた。



 先ほどまでの、良きライバル的空気を醸し出していた会談とは、一体なんだったのか。


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