第93話 姉姉弟、それぞれの行動




「私から申し上げられることは、何もありません」


 フォートラント王国421中隊長、ウォルケー・バーン・シュタルド子爵はそう言い切った。


「……わかりましたわ」


 しばらく彼の目を見つめていたフォルテは、吹っ切ったように返答した。多分彼らは今回の事を知らせれていない。ついでに、その存在自体をフィヨルトに警戒させるための囮にされた節すらあるのだろう。


「全く、策略と言うのは面倒ですわ」


「同意は致します。ですがフォルフィズフィーナ様が、それを不得意とするとは思えません」


「お世辞は結構ですわ。では、今後ともよしなに」


 421中隊ついては、これで終わった。



「バァバリュウ。貴方が第8騎士団副団長ですわ。大公代行ではなく、第8騎士団長としての正式な命令ですわ。ロンドを守りなさい」


 バァバリュウ・ケルド・シャクドラ士爵。バラァト南方での対甲殻獣戦で脱落した一人であるが、腕は確かだった。東方の異国出身で、こちらでは珍しい浅黒い肌と銀の髪を持つ、30絡みの男性である。


「ご下命確かに」



 その後もフォルテは精力的に働いた。国務卿、軍務卿、外務卿と密に会話し、方針を定め、少しづつフィヨルトを立て直そうと奔走した。そしてその横に、フミネはいなかった。



 ◇◇◇



「うーん」


 フミネはヴォルト=フィヨルタの尖塔の上で考え込んでいた。


「やっぱ歪だよねえ」


 まあ確かにフィヨルタは歪な都市ではあるが、フミネが懸念しているのは、その経済状況だった。半農半兵、まあ屯田兵か、いやここでの場合、半猟半兵か。要は人口比率における兵士の数が多すぎるのだ。先日の紛争で、その多くが喪われた。


「と言ってもなあ」


 フミネは経済学徒ではない。日本の知識だからと言って、ヘタに手を出して社会構造をぶっ壊すなんて怖すぎる。では、どうするか。


 フォルテからフミネに出された指令、お願いだが、それは日本の知識でもって、現在の状況を好転させる知恵はないだろうか、という事だった。別に出し惜しみをする気は無い。だが、波及効果がおっかないのだ。


「やっぱり、ロンド村からかな。畑からは人は採れないわけだし」


 やるとすれば、自分の出来ることだ。『大規模機械化農業』、フミネが思いついたのはそこだ。農業に従事する人口を余剰させられれば、他に回すことができる。幸いにして前例はあった。ロンド村開拓日記だ。周りの理解も得やすいだろう。騎士団に何をやらせるのかという、見栄とかプライドみないな意見も出るかもだけど、そこはそれフォルテがいる。


「とりあえず素案だけでも考えておくかな」


 甲殻獣の畜産化と、それによる食事情の向上。さらに農耕家畜化。プラウやハローなんかも作ってみよう。あと、水車は有るみたいだけど、もうちょっと工業系に持ち込みたい。甲殻騎を使って回転動作を生み出せないだろうか。


 地下空間で、巨大な輪転を黙々と回している甲殻騎を想像してしまい、フミネはブルブルと頭を振った。ヒャッハーな世界は望んでいない。



「ん?」


 大公家の紋が入った馬車が、ヴォルト=フィヨルタに入ろうとしているのが、フミネの目に入った。



 ◇◇◇



「まずは父上と母上ならびに、戦士たちの冥福を」


 2年とちょっとぶりにフィヨルトに戻って来たライドが最初に放った言葉は、弔辞であった。その表情には後悔が見て取れる。自分が王太子の近くに居ながら、さらには宰相令息とのやり取りがあったにも関わらず、今回の騒動を掴めなかったのだ。


「王都に居ながらの不始末、ごめん姉さん」


 正直、ライドはフォルテに殴り殺されても文句を言わない覚悟で、ここに来た。むしろそうして欲しいくらいだった。


「済んだことは仕方がありませんわ。今後を見据えましょう」


 だが、そうはならなかった。


 そこには、婚約破棄騒動の時にあったような、ギスギスした関係は見られなかった。フォルテの度量と、婚約者シャラクトーンの存在が彼を変えたのかもしれない。と言うか、シャラクトーンもしっかりこの場にいて、ライドに目を光らせていた。


「それで、陛下がお隠れになったのは、確かなのかしら?」


「それについては確実です。公国からも確認が取れています」


 ライドに代わり、ヴラトリア公国令嬢、シャラクトーン・フェン・ヴラトリネが明言した。物流でもってその国力を誇る公国は、情報に聡い。間違いのないことなのだろう。


「当然、次期王陛下は殿下なのですわね?」


「こう言っては何ですが、ごく一部以外落ち度がありませんでしたし、宰相派ですから」


 シャラクトーンが言い難そうにしていた。


「正直言えば、落とし前を付けたいのですが、時期尚早ですわね」


「ドルヴァ紛争については聞き及んでいます。大変でしたね」


 フォルテとシャラクトーンの会話が続く。ライドは立像状態である。



「お兄様」


「おかえりなさいですわ」


 そこに、セバースティアンとロクサーヌを伴って、ファインとフォルンが現れた。


「二人とも実戦をしたんだって? 凄いな」


 ライドは膝を付いて双子の頭を撫でた。


「ライドさん、良い顔してるじゃないですか」


「むっ、フミネ……、姉上」


「無理しなくていいですよ。わたしは外様だから」


「そういう訳にも」


 正直、ライドはフミネが苦手であった。いつの間にかひょっこり現れ、姉の片翼になり、自分の立場を損なわせる一旦となった。同時に感謝もしている。お姉を羽ばたかせてくれたのだから。なんとも拗れた所は実にライドらしい。



 ◇◇◇



「さて、では誰が次期大公になるか、確認ですわ。事実上わたくしかライドですが、立ち合いとして国務卿、軍務卿、外務卿よろしいでしょう?」


 3名が一斉に首肯する。


「そして、ファイン、フォルン、フミネ。よろしいですわね?」


 親族枠3人も同じくだ。


「では、参りましょう」



 到着したのは、大公執務室であった。そこに集まるは8名。国務卿が奥の棚から小箱を取り出した。蓋には4つの蝋封が押されている。すなわち、フォルテ、ライド、ファイン、フォルン各人の紋だ。正直に言えば、幾らでも偽造可能な程度の代物でしかない。だが、誰もそんなことは考慮に入れていない。



 4人はそれぞれ自らの蝋封を削り落とした。


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