第92話 戦後のあれこれ





 フィヨルタで行軍を迎えた観衆は、喜びと悲しみの両方を示した。もちろん、悲しみの方が遥かに大きなものだったろう。失われたものが、余りに大きすぎたのだ。


「フィヨルタの皆に告げますわ。大公夫妻並びに軍務卿が名誉の戦死を遂げましたわ。悲しく、悼むべき出来事ですわ」


 道中、列を止め、フォルテはそう言った。


「皆さんのご心配は察するに余りありますわ。現状をお伝えしましょう。わたくし、フォルフィズフィーナが大公代理として、当面の差配を取り仕切りますわ。クロードラントには致命的な打撃を与えましたので、心配はご無用であることを断言いたしますわ」


 歓声は上がらない、フィヨルトの気風としては珍しいことだ。それだけ大公が慕われていたという事だろう。


「お嬢! 俺は信じてるぜ!」


「大丈夫だよ!」


 コボルとアレッタだった。大通りに集まった『金の渦巻き団』の面々は、口々にそう叫び、その輪は『金の天秤団』も巻き込み、人々に浸透していった。決してヤラセではない。


「ありがとうございます。今後の体制については、順次皆さんに報告いたしますわ。ただ一つ、わたくしとライド、ファインとフォルン、そしてフミネがいる限り、フィヨルトはフィヨルトであり続けますわ!!」



 おおおおお!!



 今度こそ歓声が上がった。


 大衆は安定を希望する。特にフィヨルトは生存競争の歴史と、流れ者を受け入れ続けて来た歴史を持っている。だからこそ、強い領主を、正しい領主を切望するのだ。


 フォルテはそれを真っ向から受け止める。今後、情勢がどうなるかは分からない。今、フォルテが為すべき役割は、とりあえずの安定なのだ。


「正式な葬儀の日取りなどは、後ほどお伝えいたしますわ。今は戦勝の喜びと、戦死者への哀悼を胸に刻んでくださいませ」



 ◇◇◇



 5日後、男爵以上、全ての貴族がヴォルト=フィヨルタに集合していた。ただしライドを除く。彼からの返事、もしくは本人登場までは距離的に後10日は要するだろう。


「まず、はっきりとさせておきますわ。わたくしはあくまで大公代理ですわ。言いたいことはわかりますわね? 先代大公の遺言にわたくしは従うことを、ここに宣言いたしますわ」


 フォルテは根拠なく上に立つ気は無いと、明確に宣言した。


「しかし同時に、今、やらねばならないことがあるのも事実ですわ。よって、暫定人事を行いますわ」


 暫定大公として、フォルテが立った。ならば残りの重要ポストと言えば。


「軍務卿として、わたくしはクーントルト=フサフキ・ジェイン・トルネリア女子爵を指名しますわ」


 ざわめきは起きなかった。余りに妥当だったからだ。


「先の東方での甲殻獣の鎮圧、その後のドルヴァ砦への移動、そして渓谷での戦いっぷり。正直、伯爵にしたいのですが、それは正式な大公が決まってからの話になりますわ。よって、論功行賞も同様と考えてくださいまし。申し訳ないとは思っていますわ」


 今度は、さざ波が起きた。フォルテの言っていることは、当人の功績にほぼ等しい。と言うか、それ以上のコトを成し遂げたのだ。地盤固めかと、一部の者が身構えた。


「無論! 西方で20000なる甲殻氾濫を推し留めた上、その後のヴァークロートとの戦闘で戦った者たちの献身もまた、賞されるべきことですわ。それは勿論、直接戦闘を行わなかった第3、第7騎士団も同様ですわ。各員が為すべきことを為したから、勝つことが出来た。わたくしはそれを誇らしく思っていますわ」


 口から出まかせではない、彼女は本気でそう思っている。この場にいる者たちはそう判断した。巨大な実績を持つカリスマだけにタチが悪い。本当にライドの明日はどっちだ。



「では、軍務卿、今後の体勢をお願いしますわ」


「はい。非才なれど、と言えば殊勝なんだろうけど、肌に合わないね」


 身長150センチ程度の女傑が苦笑いをする。


「わたくしはわたくし、あなたはあなた。分かりますわね?」


「分かる分かる。じゃあ今後の体制だね」


 場にちょっとした笑いが起きる。クーントルトはこうでなければいけないのだ。


「まず、数を減らしたとは言え、第1から第8騎士団の枠組みは変えない。人員と装備は順次補充する。第5はドルヴァ砦、第6は引き続きバラァト、第3は北方の集落。第1と第7はフィヨルタ。これが基本だよ」


 損耗の少ない騎士団を現行の配置を変えずに、移動を少なくするという考え方は妥当だった。


「第2、第4騎士団は合同で、南西部の甲殻獣を狩りまくって来て。素材は幾らあっても足りない状況だよ」


 一連の戦闘で損傷もしくは大破した騎体は実に80騎以上に及ぶ。操縦者たる騎士の損耗も激しい。



「で、第8騎士団だけど。どうしたい? こっちとしてはロンド村に戻って欲しいけど」


 それはフォルテとフミネへの問いかけだった。


「まずはファインとフォルンを入れますわ。その上でロンド村で実戦経験を積ませますわ」


「ちょっと! いいの?」


 フミネが思わずツッコむ。


「今は一人でも騎士が欲しい所ですわ」


「そりゃそうだけど」


「現状で騎体は6騎、騎士は18名。3騎補充で1個中隊ですわ。クーントルトが抜けたのが残念ですわ」


「光栄だね。まあ、そちらは今後次第だろう?」


 クーントルトはひとまずここに残れと、そう言っている。


「当然ですわ。少なくともライドが戻るまでは、わたくしとフミネ、ファインとフォルンはヴォルト=フィヨルタですわ」


「了解。じゃあ誰かを仮団長にして、7騎をロンド村に回すってわけね」


 フォルテとフミネの言葉で、第8騎士団の当面は決まった。


「それと、フォートラントの421中隊ですけど、わたくしからお話はしておきますわ。どうやら今回の件では動かなかったようですし」



 それからは国務卿、外務卿、農務卿などが各種の方針を確認した。特に人員補充に関わる国務卿と軍務卿クーントルトは頭を抱えたくなっていた。ついでに外交に関してもだ。


「どうしましょう?」


 情けない顔で外務卿ドーレンパートがフォルテに指示を仰ぐ。


「貴方はどう思いますの?」


「中央は徹底的に否認でしょうね。むしろ言い掛かりとすら言ってくるでしょう。ヴァークロートについては、お互いにやりあう状況にはありません」


「中央はライドが情報を持って帰ってくるまで放置ですわ。ですが、交渉は中央経由になるでしょう。ヴァークロートに対しては基本、国交断絶。ただし捕虜返還には応じると。色々分捕ってくださいな」


「畏まりました」



「さて、大変な時期ですわ。皆には、これまで以上に貢献を望むものですわ」


 フォルテの言葉で会議は終わった。



 ◇◇◇



 そして13日後、ライドが爆弾を抱えて戻って来た。



『現王陛下、お隠れになり』


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