第91話 戦争なんかクソくらえ





 戦闘は終わった。ヴァークロートからの追撃は、まずあり得ないだろう。だが、戦後処理に関しては重い空気に包まれていた。


 戦場ではフォルテが高々と女大公を名乗っていたが、あれはまあ士気高揚のためのパフォーマンスみたいなものだ。正式な手続きは踏まれていない。では正当な手続きとは何かといえば、それは二つである。


 ひとつは、前大公の署名による後継指名。もうひとつは連邦中央による『同意』である。


 今回の場合は、例の婚約破棄騒動のお陰で後継者指名は空位、すなわち遺言書に頼ることになる。遺言書の開封については、生き残っている兄弟たち全員と国務卿、軍務卿、外務卿立ち合いの元で開封することが取り決められている。ちなみにファノト・フィンラント、つまりフミネは関係ない。


「まずは最初に宣言いたしますわ。ライドがフィヨルトに居ない以上、わたくしが大公代理を務めますわ。フィヨルタに戻り、諸侯を集めてからも宣言いたしますが、この場で異議のある者はいらっしゃいますか?」


 誰も答えない。当たり前だ。


「その上で、今後はわたくしが大公権限を代行し、命を発しますわ。まずはライドに連絡を」


「早急に王都に使者を出します。第2騎士団から快速部隊を選抜いたします」


「任せますわ」


 第2騎士団長サイトウェルが名乗り出た。大公夫妻の死、ライドはそれをどう受け止めるのだろうか。


 ドルヴァ砦の会議室にいるのは、フォルテ、フミネ、ファイン、フォルン、クーントルトと、第1騎士団長フィート=フサフキ、第2騎士団長サイトウェル、第4騎士団長リリースラーン(初登場)、第5騎士団長オレストラ、そして工廠長パッカーニャと言った面々である。


「とにかく、ご遺体をフィヨルタにお送りしましょう。公表については」


「しますわ。正門から入ります。これは、凱旋ですわ」


 サイトウェルは驚いた顔をする。凱旋、確かにそれはそうなのだが。


「お父様とお母様、軍務卿。そして多くの戦士たちが成し遂げた勝利ですわ。それを公表せずしてどうしましょう」


「分かりました。国務卿には急ぎ受け入れの連絡を入れます」



「捕虜の扱いはいかがいたしましょう」


 最大戦力を残しているため戦後処理担当となった、第5騎士団長のオレストラが指示を仰いだ。


「条約ギリギリで扱ってくださいな」


「それですと、結構な手間ですな」


 ここはソゥドのある世界なのだ。捕虜拘束には結構な人員が必要となる。


「ああ、それについてだけど、娘とファイトンが面白いことを考えてねぇ」


 パッカーニャが口を挟んできた。


「甲殻腱の強度を上げたやつで拘束具を作るそうだよ。当人がソゥドを流した瞬間、強度がアホみたいに上がるそうだ。ひひっ」


 悪い魔女みたいな笑顔である。


「それは助かります」


 オレストラも悪い笑顔であった。



「敵の遺体は近場で焼却。ただし、遺品となりそうなものは全て返還しますわ」


「よろしいのですか」


「戦死に対する礼儀は守るべきですわ。ただし、甲殻騎は敵味方問わず全騎回収ですわ。そのための手加減でしたので」


「手加減、していたのですか」


 さっきの悪い顔はどこへやら、オレストラを含め、一同は戦慄した。



「では、第5騎士団は戦後処理と、砦の守りをお願いいたしますわ。追って連絡を入れますわ」


「了解いたしました」


「それ以外の全員は、フィヨルタに戻りますわ。悲しいですが……、凱旋ですわ」


「はっ!」



 ◇◇◇



「ぐすっ、ぐひ」


「ううう、あうう」


 砦の貴人室に向かう廊下で、ファインとフォルンの涙腺が決壊した。むしろここまでよく我慢したものだ。だから、フォルテとフミネはそれを称える。


「二人とも立派でしたわ。わたくしはあなた方を誇りに思いますわ」


「二人が工廠まで届けてくれなかったら、門を抜かれていたかも。そうなっていたら……」


「でも……」


「でもは要りませんわ。全ての戦士たちが、やるべきことを果たした結果ですわ。悲しいでしょう、辛いでしょう。わたくしもですわ」


「うん、胸ってこんなに苦しくなれるんだね」


 フォルテの言葉にフミネも同意する。


「お姉様方も?」


 フォルンがベソをかきながら聞く。


「それはそうだよ。せっかくできたお義父様も、お義母様も、デリドリアスさんにも良くしてもらったし」


「だからこそ誇るのですわ。わたくしたちの父母を仲間たちを」


「そして引き継ぐしかないよね。いついなくなるかも分からないわたしだけど、やれる事はなんでもするよ」


「僕もがんばる」


 ファインが拳を握りしめた。



 ◇◇◇



 出立は明日の朝に決まった。


 フミネは一人自室のベランダで、タバコを吹かしていた。記憶がよみがえる。



 あれは、フミネがファノト・フィンラントになった次の日の夜だったろうか。


『ちょっと良いかな?』


『どうしました』


『うん、君に用事があってね。ちょっと付いてきてもらいたいんだよ』


『はい、いいですよ』


 着いた場所は、ヴォルト=フィヨルタの裏庭であった。校舎裏でどうこうという話じゃないんだろうなあ、とフミネはふと思ったが、そんなことはあるはずもない。むしろ重たい話じゃなければ良いな、くらいであった。


 周りに誰もいないことを確認した大公は、地べたに座り込み、懐からとあるものを取り出した。タバコセットとワインセットであった。


『家でタバコをやるのが私だけでね、どうにも肩身が狭かったんだよ』


『なるほど、いただきます』


 マッチを使い、お互いにお互いのタバコに火を付けあう。同時に紫煙を吐き出した。


『これからは君のことを、フミネと呼んでもいいかな』


『ええ、もちろん』


『そうか、良かった。では、新しい娘に乾杯だ』




『フミネの服装は変わっていますね。ニホンのものですのよね?』


『ええ、そうなりますね』


 とは言え、こちらに来た時のフミネの服装は女子っぽく無かった。厚手のジーンズと、オシャレの気配もない黄色のポロシャツ。どうせ研究室に行けば白衣だし、牛の世話をするときはツナギなのだ。それでもお妃、メリアは楽しそうに、それを見ていた。


『ねえ、ニホンには他にも、どんな服があるのかしら』


『ええっと、描くモノがあれば』


『まあまあ、楽しみだわ。そうだ、フミネの服も新調しないといけないわね』


『ええ? お古でいいですよ』


『私とフォルテのお古はムリだわ。だって、胸元がちょっと』


『おうっふ!』



「やってやる。この先どうなるか分かんないけど、この世界にいる限り、いられる限り、絶対にやってやる」


 フミネの目に涙が浮かんできた。


「ううっ、うううっ、ううあああああ。うあぁぁぁん!!」



 潤んだ瞳には、紫煙が空に浮かび、月に届くかに見えた。


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