第78話 連鎖する動乱





「第6騎士団甲殻騎は2騎大破、1騎中破、戦闘行動可能騎体は5騎となります。また、歩兵戦死8名、重傷14名です」


「分かりましたわ」


「これより第6中隊は、非常時権限下において、姫様の指示に従います」


「……第7騎士団の到着を待ちますわ。ですがその前に、第8騎士団の装備品を全て回収していただきますわ。破片の一つも見逃さないようにお願いいたしますわ」


「了解」


「了解いたしました」


 クーントルトもラースローラも、すぐに意味することに気づいた。


「それともう一つ、これは第7騎士団が到着してからの方がよろしいですわね」



 そして1時間後、第7騎士団が現れた。第7騎士団長、リッドヴァルト・グラト・ウィルターン子爵は、その光景に目をむいた。戦場にいたのは第8騎士団すなわち増強1個中隊と、バラァトから赴いた1個中隊だけだったはずだ。20騎で7000強の大型個体を含む群れと対峙したと聞いて、2個中隊を全速機動させて到着してみれば、大型個体は討伐されており、群れは壊乱、戦場には無数の甲殻獣の死骸が残されていた。信じがたい。


「これは、どういうことでしょうか」


「リッドヴァルト、ご苦労様、お待ちしていましたわ」


「それであの、これは」


「これとは?」


「戦闘が終了しているという事です。勝利で」


「第6騎士団と第8騎士団の奮闘のお陰ですわ」


 リッドヴァルトが助けを求めるように、クーントルトとラースロータを見る。前者はニヤリと笑い、後者は首を振った。


 いや、確かに第8騎士団の新装備が凄いことは知っていた。それを使いこなす技量も、そしてフォルテとフミネの力量も。だがそれはあくまで通常時の強さであり、このような死闘で発揮されるとは、とても信じられないというのがリッドヴァルトの本音であった。だが現実はどうだ。


「皆様の奮闘に敬意を称します。また犠牲になった者たちへの冥福も」


「感謝いたしますわ」


「いえ、戦闘に間に合わず、申し訳ございませんでした」


「まだ終わっていませんわ」


「は?」


「後片づけですわ。フミネ」


「遺体と負傷者は全て収容が終わっています」


 そう言ってから、フミネは空を見上げた。夕暮れが近づいている。


「正直言って被害甚大、疲労困憊です。野営の準備と周辺警戒をお願いしたいと思います。後は、フィヨルタとバラァトへの伝令ですね。お願いできますか」


「はっ! 了解いたしました」


 リッドヴァルトはそう答えるしかなかった。



 ◇◇◇



 ぴいぃぃぃ!!



 夜半、警笛が鳴った。陣地が暫く騒然とした後、5名の男たちが兵士に背中を押されながら、指揮所前に連行されていた。全員、腕を後ろに縛られているが、大きな怪我は無いようだった。


「引っかかったというわけですわね」


 濃緑色の軍用コートを羽織ったフォルテとフミネ、それに各騎士団長たちが天幕から現れた。


「こ、これはどういうことなのでしょう。我々は別に何も」


「御託は後で聞きますわ」


「しっかし、本当にマズいねぇ。謀略じゃないか」


 クーントルトが嫌そうな顔をする。他の面々も似たようなものだ。


 野営に当たって、フミネが一つ提案を出していたのだ。通常の警戒を罠にして、外周を探ってみたらどうだろうと。そして、釣れたのが彼らだったという訳だ。


「ボーパル商会の会長だったな。それ以外は見ない顔だが」


 ラースローラの言葉に、一人の男が顔を青ざめさせる。


「しょ、商人ですから、戦闘となれば状況を確かめるのも……」


「口を閉じてくださいな」


 フォルテが冷たく言い放つ。


「名前までは存じ上げませんが、そちらのお二人様にはご無沙汰しております」


「な、何を!?」


 フォルテに視線を向けられた二人の男は動揺する。


「あら、つれないことですわ。先日は楽しく宴を共にしたではありませんの」


「まさか……、そんな」


「『中央』もケチな真似をするものですわね。汚れ仕事が面倒だからって、『砦』の駐屯隊から人員を出すなんて。ある意味、あなた方には同情いたしますわ」


「……」


 がっくりと項垂れる二人は、以前フォルテとフミネが通ったフォータル山脈のターロンズ砦にいた、「フォートラント王国側」の兵士たちだったのだ。覚えていたフォルテも凄い。


「さて、どういう関係なのでしょうか? 大公国の商人とフォートラントの兵隊さんが、こんな夜更けに陣地見物とは?」


「……」


 兵士二人は何も言わない、いや、何も言えない。


「クーントルト」



 ぱきぃん!



 フォルテが名を呼んだ時には、すでに商人の右手の指が2本、反対側を向いていた。


「あぎゃああああ!」


「ラースローラ」


「ぐぎゃああああああ!」


 さらに商人の左手首がへんな方向を向いている。


「わたくしを含め、ここに今いる方々は気が立っていますわ。当然でしょう。突然山火事が起こり、甲殻獣の群れが現れて戦闘になって、そして、甲殻騎が壊され、あまつさえ少なくない兵士の命が喪われました」


 フォルテとその他の面々の視線が殺意を帯びていた。



「吐きなさい。全てをです。一族郎党全てを失いたいなら、黙っていても構いませんわ。ですが、わたくしたちの結論が変わることはありませんわ」



 ◇◇◇



 結論は大体の予想通りであった。


 商人がバラァト北方に小規模な群れを確認したのは、第6騎士団着任直前であった。会長はそれをフォートラント側にリークし、指示を仰いだ。要は、元々そういう役割を担っていたという事だ。そしてフォートラントは一計を案じた。


「中央は言ってきました。山脈南方に火を付け、群れを北に流せと。上手くすればバラァト陥落、悪くても噂の第8騎士団の情報と、ある程度の損害を得られるだろう、という事です」


 完全に観念した兵士は正直に証言した。そもそも捨て駒扱いだったのは自覚していたのだ。砦に戻ってから自分の命があるかも怪しかったのだ。


「出来れば戦死扱いにしていただけると助かります」


 兵士は最後にそう言って、黙った。商人は痛みに呻きながら、涙を流している。


「あら、飲み仲間で、しかも被害者を戦死させるなどと、そこまで大公国は腐っておりませんわ」


「どういう!?」



「っ!! お待ちになって」


 フォルテとクーントルトがバラァトの方向に視線を向けていた。しばらくして、他の者たちも気が付いた、馬が走ってくる音だ。しかもこれは、全力だ。


「急報! 急報です!!」


 転がるように馬から降りた伝令が叫んだ。


「落ち着いて。水をお持ちなさい」


「後でいただきます。それより今は」


「分かりましたわ。ご報告なさい」



「北西、ドルヴァ渓谷に大規模な甲殻獣氾濫の予兆を確認! 遠征中の第3、第5騎士団を除き、全騎士団が出撃いたしました。指揮官は大公閣下と、お妃、メリアスシーナ様です!!」


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