第79話 フォルテの本領





 余りのタイミングの悪さに一同は唖然としてしまう。だがそれは、じきに別の感情に書き換えられていった。


 バラァトでの甲殻獣の移動は人為的なものだった。ならばドルヴァ渓谷の方は? 偶然? あり得ない。そんなお気楽な考えは、とうに消え去っていた。


「十中八九という言葉すら勿体ないですわ。確定事項として考えましょう」


「同意いたします」


「そうだねぇ」


 ラースローラ、クーントルトが即答する。リッドヴァルトもそしてフミネも同じような顔だ。


「知っていましたの?」


「……知っているわけが、ないでしょう」


 ターロンズ砦の兵士が答える。それはそうだろう。こんな末端に伝えるような事態ではない。


「山脈を越えてフォートラントが来る可能性は、現段階ではありませんわ。そのような事があれば、ライドから知らせが来るに決まっています」


 フォルテは別にライドを信頼しきっている訳ではない。いや、信用はしているが、やらかす可能性を鑑みているだけだ。さらに言えば、今の台詞には、シャラクトーンとケットリンテの名前が隠されていた。彼女たちならば、フォートラントが侵攻軍を出せば、確実にフォルテとフミネに連絡を入れてくれるはずだ。


「可能性は二つですわね。一つはフィヨルトの国力を削るという目的ですわ」


「実際、そうなっているしね」


 フミネも納得する。だが、もう一つとは。それはまだこの世界の地理に疎い、フミネには想像出来ないことだった。


「フミネ、フィヨルトには仮想敵が2国ありますわ。一つは東方のフォートラント。そしてもう一つは、森を抜けた北方」


「まさか、ヴァークロート!?」


 リッドヴァルトが思わず声を上げる。



 ヴァークロート王国。フォートラント連邦に属さず、連邦北西にて小競り合いを繰り返している国家である。国力は連邦の半分以下ではあるが、早くから甲殻騎開発に力を入れ、さらに連邦が一枚板でないことがそれを為さしめていた。


 フィヨルトとヴァークロートは、トルヴァ渓谷北方の森林によって遮断されており、これまで直接的に戦いになったことは無い。


「最悪の事態を想定すれば、そうなりますわ。中央の、いえ、はっきり言いましょう。宰相派が敵に餌を与えたならば、ですわ」


「まさか、中央がフィヨルトを売ったと!?」


 リッドヴァルトが叫ぶ。彼の気持ちも分かる。だが、東西での甲殻獣氾濫のタイミングが、余りに良すぎるのだ。


「あくまで推測による最悪ですわ。ですが、北西に氾濫の兆候は無かったはずですわ。なのに今起きた。どう見ます?」


「偶然ならそれはそれまで、氾濫を蹴散らして終わり、だね」


「そうですわ、フミネ。だけど、氾濫の後ろからヴァークロートが来るとすれば」


 その場にいた全員の背に冷たいものが流れた。捕まっていた5名すらも含まれていた。そこまで大きな話に加担していたとは。


「当然、最悪を考慮しなきゃね」


「ええ、ですから。寝ますわ」


「うん。そうしよう」


「どうしてそうなるのですか!」


 再びリッドヴァルトが叫ぶが、それは冷たい視線で答えられた。


「深夜ですわ。大声はおよしになってくださいな」


「リッドヴァルトさん、こっちとしてはもう2、3日は休みたいくらいなんです。だけど、フォルテは明日の朝には出立すると言っていますので」


 フミネお得意のフォルテ専用超翻訳だ。


「明朝!? まさか」


「逆に、行かない理由がありませんわ。早朝に今後の部隊配置も指示いたしますわ。なので、寝ますわ」


 リッドヴァルトに背を向けるフォルテとフミネ。すでに、ラースローラ、クーントルトも同じように天幕へと向かっていた。


 残されたリッドヴァルトは、せめてもと周辺警戒を厳にするよう通達するのだった。



 ◇◇◇



 翌朝、兵たちに伝える前に、フォルテによる最終の指示出しが天幕の下で行われていた。


「伝令さん。お父様の指示を詳細に聞かせてくださいませ」


「はっ! 東方にある第6、第7、そして第8騎士団の行動は、フォルフィズフィーナ様にすべてを委ねるそうです。ドルヴァ渓谷には第2騎士団がすでに駐留しております。砦への出軍は第1、第4騎士団となります。また、南方遠征の第5騎士団はフィヨルトの守りに、北方の第3騎士団はロンドル大河沿いに、警戒陣形を。これが私の知る全てとなります」


「ご苦労様ですわ。貴方は第6騎士団と共に、バラァトで休息してください」


「しかしっ」


「時が来ればラースローラから指示が出ますわ。お待ちなさい」


「了解いたしました」



「それではこれからの編成と、行軍を指示いたしますわ。先の伝令の言う通り、戦時下における大公令嬢権限における命令と受け止めてくださいませ」


「はっ!!」


 フォルテの有無を言わせぬ雰囲気に、騎士団長達が恭順を示した。


「第6騎士団はこの戦場から持ち帰れるだけの素材を持って、バラァトの守備を命じます」


「主命必ずや」


「損耗も含め、2個中隊と半分ですわね、申し訳ないのですが2個小隊を抽出して、ロンド村へ回してくださいな。偵察、場合によっては火付けなどもあり得ます。治安維持を重点に置いてくださいませ」


「了解いたしました」


 ラースローラは一部の隙も無く、フォルテの命を受け止めた。東の要たれ。その意味も含めてだ。



「第7騎士団はバラァト経由で、フィヨルタに直行してくださいまし。公都防衛の主軸を担ていただきますわ」


「しかしそれは、第5騎士団の役割では?」


 リッドヴァルトは思わず聞き返す。


「貴方は東と西の両方の状況と、その裏を知っていますわ。ここで質問ですわ。懸念は?」


「……フォートラント421中隊」


「正解ですわ。彼らはフィヨルトに悪意を持ってはいないでしょう。ですが、宰相派閥であり、命令あれば事を起こすかもしれません。充足した大隊が必要です。フィヨルトには第1と第3、第5の中隊が残されているはずですわ。事情を説明し、第1騎士団の参謀として動いてくださいませ。さらにそこから駐留している第3と第5の2個中隊をドルヴァ砦に回してください。書類は用意いたしましたわ。リッドヴァルトの堅実な用兵は皆の知るところ。伝令は密に。期待していますわ」


「ご期待、有難うございます。しかし第5騎士団は?」


「わたくしたちが途中で捕まえますわ」


「は?」


「第8騎士団4騎、随伴歩兵8名でドルヴァ砦に向かいますわ。伝令の日数を勘案してみれば、明後日には、裏道のどこかで会えるでしょう。そこからドルヴァに向けて転進いたしますわ」


 一晩足らずでここまで考えられるものなのか。リッドヴァルトはフォルテに将の才ありと、心に刻む。


「フミネ、クーントルト。ロンド村に渡河しますわ! そこで簡易修理とスラスター交換をして、随伴歩兵の入れ替え」


「その間は食事と昼寝だね」


「その通りですわ。そこからは急行ですわよ。お覚悟が出来たなら返事をなさいませ!」


「了解!!」



 ◇◇◇



 未だ跳躍能力を残していた4騎がロンド村にたどり着いた。事情を聞いた村長は顔を青ざめさせながらも、フォルテの提案をすべて受け止め。第6騎士団の受け入れと、村の厳戒態勢を約束してくれた。


 そして3時間後、準備は整った。


「11騎の中から一番まともな物に換装いたしました。存分にやってください」


 ロンド村にいた技術士官が、胸を張る。


「随伴歩兵もイキの良いのを揃えておいたよ」


 クーントルトも太鼓判を押す。



「行こう、フォルテ。皆が待ってるかもしれない」


「そうですわね。第8騎士団特別小隊、出撃ですわ!!」



 敵味方の思惑が戦場の霧に包まれたまま、盤面が動き出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る